「あ、名字先輩だ」
校庭を見下ろしていた乱太郎がふいにつぶやいたその言葉に、ひょい、と俺も顔をのぞかせると、狐色の綺麗な髪をゆらゆらと揺らして歩く先輩がいた。
「名字先輩ー!」
乱太郎が少しだけ身を乗り出して、先輩に聞こえるように大声で呼ぶと、それに応えるように先輩がこちらを向いて見上げていた。そしてにぱーっと笑って手を振るのを見て、今度は窓からのぞいてた俺たち三人が手を振りかえす。
その様子を見ていた一年は組の良い子たちが、先輩の機嫌の良さを察知したのか、声を揃えてこう言うのだ。
「名字先輩が笑って手を振るってことは!」
「つまり機嫌が良いってこと!」
「つまり!」
「「「お酒を飲んでいるー!」」」
きゃっきゃっと騒ぎ始めたみんなの様子を見ながら、もう一度先輩の様子を見ようと窓の下を見下ろせば、そこに先輩の姿はもうなかった。
行ってしまったのかなぁ、と少し寂しく思っていると、ふと頭上に陰りができた。
「なんだなんだ?俺の話ー?」
「ぅわぁ!?」
「ひっ!」
「ふぇっ!?」
校庭にいたはずの先輩が、窓から登場したことで、窓の近くにいた俺と乱太郎としんべヱは心臓が止まるんじゃないかと思うほど驚いた。
先輩の登場にわっ!と窓際に集まってきたみんなに俺も混ぜろー!とはしゃぐ先輩。どことなく纏う空気が軽いせいか、先輩を慕う後輩は多いと思う。
あの四年生なのに、と珍しくも思うが、は組だからこんなに親近感が沸くのだろうか、と考えたりもする。タカ丸さんもは組だしなぁー。
「名字先輩の噂っていっぱいあるんですよー!」
「んー?例えばどんなのがあるんだ?」
「機嫌が良いときはお酒を飲んでいるからとか!」
「ほうほう」
「禁酒してるときは誰も近づけないくらい怖いとか!」
「ほうほう」
「百発百中の命中率を持ってるとか!」
「ほうほう」
「あの学園一忍者してると言われている潮江先輩をコテンパにしたことがあるとか!」
「あっはっは!」
「七松先輩のお気に入りだとか!」
「…、あ、ははは…」
「幻術が使えるとか!」
「ほうほう」
「実はもうどこかの城で働いてるとか!」
「ほうほう」
「実はくノ一だとか!」
「いやぁ〜!俺ってば人気者すぎてまいっちゃうなーこれ!」
「先輩!この噂の真相はいかに!?」
キラキラと期待の眼差しで見つめられる中、先輩は相変わらずにこにこと笑っていて。そうだなぁーと答えをぼかしながら窓のほうへと歩き出す。
呆然とみんなの様子を窓際で見ていた俺は、自分の目の前に先輩が迫ってくるのに体がビクリと跳ねてしまった。そんな俺と目線を合わすようにしゃがむと、ゆっくりと頭を撫でて。
「きり丸。今日、委員会の当番か?」
「え?あ、いえ…」
「なら、門前に集合。いいな?」
「!、はい!」
俺の返事を聞いてよし、と笑った先輩は、言うなれば兄のような存在に思えた。もし俺に兄弟がいたら、きっとこんな風に接してくれるんだろうか。
俺の頭をぽんぽんと撫で、ひょい、と窓枠に身を乗り出すと教室に顔だけ振り返った。
「噂に惑わされるな、これ忍者の基本。んじゃ!」
ひらり、と紙が落ちるように窓から消えた先輩に、慌てて俺たちが下を覗けばそこにはもう誰もいなくて。それに興奮した団蔵あたりがすげー!と騒ぎだす。
確かにすごいと思うけれど、俺はそれどころじゃなかった。放課後の約束、いつもの場所、門前。俺が誰よりも名字先輩を独占できる唯一の時間が待ち遠しくて、顔に力が入らないのはもうしょうがない。
それに最初に気付いた乱太郎に、ニヤけてるよ、と指摘されるも、嬉しい感情に蓋はできなくて。いいなぁきりちゃん、と羨ましがる乱太郎だけど、それ以上を望んでこないあたり、どうやら現状は把握してるみたいだ。ごめんな乱太郎、でも、ありがとう。
死ぬほど愛されたいけど死にたくはない
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自作の酒でいつも酔っぱらってる四年生
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