だだだだ、と忍ぶ気が微塵も感じられない足音は確実にこの部屋に向かっていて。あまりの勢いに何事かとだらだらと横にしてた体を起こして、読んでいた書物から視線を外し、戸の向こうの気配へと集中させる。

そんな俺とは対照的に、隣では鼻歌を歌いながらごろんと仰向けになって呑気に本を読む友人がいて。いやいやいや!え?此処はお前の部屋だよな?鼻歌歌ってるバヤイじゃねぇよな!?

それでもこの部屋の主はふんふんと機嫌良く紙をめくる作業をやめず、驚く素振りも見せない。まさかあの足音が聞こえてないわけではないだろうに。

まぁ本人がいいなら俺は何も言わないけど。唯一変化があったとしたら、いつの間にか友人の顔が俺の顔になっていたってことくらいだ。

スパァン!と、流れ込むように勢いよく開け離れた戸は、壊れるんじゃないかって思うくらいの音を出した。そして戸が開いた向こうに見えた姿に俺は一瞬思考が停止した。


「(不破?あ、いや、鉢屋か?いやでも仮に不破ならあんな不格好な足音を出して此処には来ないだろうし…そう考えると鉢屋にも見えてきたし…。えーっと…、まぁどっちでもいいが多分九割鉢屋だよな、うん)」


その鉢屋(仮)が断りもなくずかずかと部屋に入り、仰向けに寝転んでいた友人の腹に頭突きをするかのように倒れこみそのまま動かなくなった。

蛙のつぶれたような奇声をあげ、ようやく俺たち以外の人間を視界に入れた友人はあーとかうーとか言いながら困った顔で俺を見やる。やめろ!俺の顔でそんな情けない顔すんじゃねぇ!

そこで俺は瞬時に察した。今倒れこんでいるのは紛れもなく鉢屋三郎で、困った顔で見てきた友人が言いずらそうにしている言葉すらもちゃんと理解した。うん、俺は此処にいちゃいけないんだなって。

数秒間目が合って、俺は小さく溜め息をこぼした。それが今の俺たちにとって言葉よりも意味のある合図となった。


「堪忍なぁ」
「別にいいって。そのかわり、貸し一つだからな」
「おん。近いうちに返したるさかい期待しやんと待っとってなぁ」
「え?期待しとけって?さっすが名前様ってば太っ腹ぁ〜」
「お前…ええ性格しとるやないか」
「文句なら俺じゃなくてお前の腹にぶっ倒れてる奴に言えよ?じゃあまたな」
「…おん、ほなな」


鉢屋が開け放った戸を静かに閉めてから、俺は次の行き場を考える。戸が閉まってさぁ歩き出そうってときに、中から友人が鉢屋を呼ぶ声が聞こえた。

組が違うのによくもまぁあそこまで懐いたもんだなぁと感心する。だってあの鉢屋だぜ?仰天ものだろ。

なんで不破じゃなくこっちにくるんだ?と疑問に思いもしたが、深く考え込む前にすぐやめた。だってめんどくさいし、何よりも俺には関係のないことだ。まぁ、気にはなるけどさ。


「あいつも大変だなぁ」


これといって行くあてが思いつかず、仕方なく、いや本当に仕方なく自室へと足を進めることにした。

ってなんか悲しくなってきたから楽しいことを考えようじゃないか。ほら、例えばあれだ。近いうちに返すと言ってくれた貸しについて、期待して待ってろと言われた(というか言わせた)じゃんか!


「さぁて、何で返してもらおうかねぇ」



ゆびきりげんまん

ALICE+