部活が終わったあと、今泉くんや鳴子くんと着替えているときだった。荒々しく開けられた部室の扉に、全員の体がビクリと震えるのが視界の端で見えた。
何事かと思って振り向けば、今にも暴れたおしそうなくらい怒りで顔を歪めた多分先輩らしき人が立っていた。どちら様?と聞くよりも恐怖でこの状況を把握できない上に、その人が地を這うような声で鳴子くんの名前を呼んだ。


「鳴子章吉ィ、てめぇちょっとツラ貸せやァ…」


くい、と顔を扉の外へ向けると、ギラギラした瞳で鳴子くんを睨んでいて。そんな怖い人を前にして今の台詞、絶対鳴子くんは無事に帰ってこない!と思ったボクは、慌てて鳴子くんのほうを見た。ら、ぽけ、とした顔でその人を見つめていた。え?ん?


「なに?なんでそんな怒ってるん?」


心底意味わからん、と今にも言いそうな鳴子くんの態度に、全然関係ないボクが今すぐ謝ってぇ!と叫びそうになった。


「ええからはよ来いや」
「ちょぉ待って。着替えるから」
「ふざけんな。着替えなんてどうでもええやろ。はよ来い」
「汗かきすぎて気持ち悪いから着替えたいねん」
「お前の意見なんか聞いてへんわ」
「言うてる間に着替えれるから。ほら、あともうちょいやん」
「ええからさっさとこっち来いやァ!」
「もーそうやってすぐ怒鳴るやろーみんなびっくりしてるやん。もうちょい声抑えーや」
「あかん。腹立ちすぎて気持ち悪なってきた。吐きそう」
「マジか。ほんならトイレ行ってきたら?」
「…そうするわ」
「そうすんのんかい」


今にも吐きそうに、けれどイラつきにより怒りで顔を歪めながらトボトボとトイレへと歩いていく背中に鳴子くんは「なんやあれ、ツッコミ待ちか?」と怪訝な顔で吐き捨てた。
あまりの空気に耐えかねた金城さんが「放っておいていいのか?」と鳴子くんに聞くと、鳴子くんは慣れた様子で「いつものことなんで」と笑った。
いつものこと、と言えるってことは、少なくとも鳴子くんの知り合いなのは確実だ。話し方も鳴子くんと一緒だったし。


「鳴子くん、い、今の人は…?」
「ん?あぁ、ワイの幼馴染や」
「え!そうなの!?」
「おー。あっちが先にこっちに来たんやけど別に追いかけてきたわけとちゃうで?」
「う、うん」
「一個上やから無口先輩らと同じ学年やと思うわ」
「な、なんでその先輩があんなに怒ってたの?」
「あー…それはあいつが楽しみにしてたお昼のおやつをワイが食ったからやと思うわ」
「え」
「見かけによらずコーヒーゼリーが好きやねん。いつも持ってきてるの知ってるし。久々に食いたなってこそこそ〜っと頂戴してん」


話しながら手際よく帰る準備をしている鳴子くんとは正反対で、まだジャージすら脱げていない僕は鳴子くんの話を聞いて更に手が動かなくなった。どう考えてもあの人が怒ってた理由は鳴子くんにあるのに、鳴子くんは悪びれもせずにあっけらかんと言い放つ。


「トイレでぶっ倒れてへんか心配やから行ってくるわ。今日はそのままあいつと帰るから小野田クンお先にな!ほな先輩らもお疲れさんでしたーッ!」


それまでの様子を見ていた人たちが、なんとも言えない表情でお疲れ様と返していくのをさらっと受け止めて、何故だか嬉しそうに帰っていった。急に機嫌が良くなった鳴子くんに僕はハテナしか浮かばない。
意味わかんねぇショ、と呟いた巻島さんに、僕はもちろん、周りがその通りだと同意するように何度もうなずいたことをあの二人が知ることはない。

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