※神崎視点
聖石矢魔に来てから数日が経った頃だった。突然勢いよく開かれた教室のドアに、全員の視線が一気に集中した。
そこには聖石矢魔の制服を着た男子生徒が立っていて。きょろきょろと教室内を見渡してある一点で視線を止めると、瞬時に嬉しそうに笑って手を振った。
「りょうた!」
言っておくが、このクラスに"りょうた"という名前の生徒はいない。
何かの間違いじゃないだろうか、と誰もが思っている間も、その男子生徒はりょうた久しぶりー!と言って、ぽかんとしている男鹿と古市へ近づいた。
え?あの二人のどっちかってりょうたって名前なの?名字しか記憶にねーけどりょうたって響きではなかったはず…。そんな全員の思考回路を知るよしもなく、男鹿と古市は声を揃えて男子生徒の名前を呼んだ。
「「名前!?」」
「いやーりょうたがこっち来るっつーんでおれめっちゃワクワクしながら待ってたんだよね!忙しくてなかなか顔出せなくてイラついてたんだけど今日やっと時間ができてさ!来ちゃった!」
「来ちゃったって…変わんねーなお前」
「うわー!なんか名前のブレザーってすげぇ違和感ある!」
「おいそこカッコいいと言え!そしてもっと褒めろ!」
「はいはいすげーかっこいい」
「おーおー、相変わらずクソ生意気でいけ好かねぇなーお前!このおれに向かって減らず口を叩けるとは躾がなっとらんぞ?クソガキが」
「ひへぇ、ひっはんは!(痛ぇ、ひっぱんな!)」
「でもやっぱ名前は学ランのほうが似合ってる気がする」
「うんうん、貴之は素直でよろしい。良い子良い子」
「ほい!はいほうひはいふひへーは!?(おい!対応違いすぎねーか!?)」
「あっはっは!日本語喋れよ辰巳!」
「はへふは!(差別だ!)」
男鹿の頬をつねりながら古市と楽しそうに会話をしているところを見ると、どうやら知り合いらしいのだけど…、あの男鹿が大人しく頬をつねられているっていうのが驚きだ。
それに男鹿のことをクソガキと呼ぶところも妙に違和感がある。っていうかりょうたの謎がまだ解けてない。
「ダ!」
「ん?おー、こいつが噂のベル坊?かわいーじゃん。辰巳のちっせー頃にクリソツすぎてワロス」
「似てねぇよ!」
「いやいや目元なんかもう生き写しじゃん?」
「名前もそう思う?オレもオレも」
「ベル坊初めまして。おれ名前っていうんだ。よろしくなー」
「アーイ!」
「おお、かわいー!で、辰巳。どの子との子?」
そう言ってようやくクラス全体を視界に入れたそいつは、好奇の目で見る周りを薄ら笑いで見渡した。
まるで周りには興味がないと言わんばかりの目で、とりあえずぐるりと一周視線を流す。そして男鹿と古市を見るとにっこりと笑う。
「だから違ぇーって!こいつは魔王で俺の子じゃねぇ!」
「あのなぁ辰巳、こんだけお前に懐いててこんなにクリソツでお前の子供じゃないわけねーだろ。てめぇが相手に精子ぶち込んだから生まれたんだろうが。認知しろ認知」
「わぁぁぁぁぁああ!ちょちょちょ、名前ストップゥゥゥウウ!」
「なんだよ」
「なんだよじゃねーよ!思春期満載の女子と男子がいる前でそんなリアルなこと言うなっ!」
「はぁ?思春期満載だからこの手の話が出てくんだろうが。実際にそういう行為したからこうなってんだし。っつか今時これくらいの話で恥ずかしがる奴いんの?あ、お前か貴之。童貞だもんな」
「名前ーーーーー!禁止ワード使いすぎだから!」
古市が止めに入るも時既に遅し。男子生徒の口から出てきた卑猥ワードに教室がなんとも言えない空気になった。いやそりゃぁ言いたいことはわかるけども。普通それを口にするか?しかもリアルな。
あの一見爽やかそうに見える顔でなんつー下ネタ投下してくるんだか。ギャップがあるにもほどがある。見た目詐欺だ。そんなこちらの心情をこれっぽっちも気にすることなく、そいつの言葉は止まることを知らない。
「しっかし辰巳に先越されるなんて貴之ってばホント可哀想に。んで辰巳、どう?気持ちよかった?」
「あ?なにが?」
「なにってナニだろ。童貞喪失オメデトウ。しかし一発でデキるなんて若いって怖いなぁ〜」
「名前ーーーッ!頼むから!頼むからこれ以上やめてぇぇぇぇええ!」
「しっかし貴之って童貞のくせに言ってることは理解できるんだな。辰巳なんてわかってねぇのに」
「わかられたらいやだわ!」
「ま、お前は色恋より喧嘩だもんな。まじありえねーけど。でもそんなお前でもこうやってガキと嫁作れるってなるとほんと世も末だよな」
「だァーかァーらァー!俺の子供じゃねぇっつってんだろ!!」
「じゃあなんなんだよ」
「だから魔王だってさっきから言ってんだろ!?」
そう言われて名前と呼ばれている男は古市をじっと見て。気まずそうに古市が一度頷くと、小さく、けれどかなり驚いた顔でマジか、とだけ言った。え、なに?今ので信じたの?なんで?
そして次の瞬間、さっきまでの赤ん坊と接する優しい態度とは違い、凍りつくほどの冷たい視線でベル坊を見て、ゆっくりと薄く笑った。その瞬間ここにいる全員が息を止め、背筋がスゥーっと冷えていくのがわかった。
「辰巳、お前の言ってることが本当のことだとおれは信じるよ。けどな、マジで魔王ならやっぱり話はちょっと違うわけ。お前の都合に貴之を巻き込んで万が一のことがあった時は…、わかるよな?男鹿辰巳」
ぴりぴりと指の先が痺れるような、そんな威圧感を出して男鹿と話す姿に、誰もが自然と体に力が入った。
男鹿も男鹿で男を睨んだまま、けれどどこか気まずそうな表情で何も言わずにいて。その当事者である古市も古市で、その二人を視界に入れないように顔を背けている。
「お前が喧嘩好きなのは今に始まったことじゃねーし、お前が何処で誰と喧嘩しようが別にどうでもいいんだ。ほんッッッとどうでもいい。けどな、そこに貴之が絡んでるってなると…それはちょっと黙ってられないんだわ。見過ごせないの、身を持って知ってんだろ?あ゙?」
「や、でも全部が全部俺の所為じゃない、し…」
「は?何言ってんの?そんな言い訳でおれが納得するとでも?」
「いやいやいや!マジで!な!古市!そうだよな!?」
「おい、なに貴之巻き込んでんだてめぇ…」
「名前ストップ!ちょっと落ち着こうぜ!?」
「おれは今凄く落ち着いてるけど?」
ちょっとツラ貸せや、とヤクザ顔負けのドスのきいた声で男鹿の頭を鷲掴み、しかし表情は驚くほど綺麗な笑みを携えていて。焦って引き止める古市に、大丈夫大丈夫死なない程度に殺すから、と意味のわからない日本語を吐き捨て颯爽と教室から出て行った。
あの男鹿が反抗もせずにただ顔を青くして大人しく連れていかれる様を見せられた俺たちは、この後茫然と立ち尽くす古市に説明しろとまくし立てるまであと数秒。
やさしい狂気に満ちている
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男鹿と古市の名前が両方「た」から始まるので、りょうた。
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