どうしても今日は一緒に帰って一緒にご飯食べる!という弟の可愛い我が儘に振り回される姉のような心境だ。まぁ生物学上は兄なのだが、いかんせん前世の性別が女ということもあり、男となった今でもかなり母性本能が残りまくっている。
一緒に帰るためにバスケ部が練習する体育館に呼び出され、弟が終わるのを待っているのだけれど…。
「(ギャラリー多っ!)」
弟がシュートを決めるたびにそこらじゅうで湧き上がる黄色い声に、いたたまれなくなる。よくこんな騒がしい中でもくもくと練習ができるものだ。自分なら気が散ってイライラしてしょうがない。
というより噂の赤い人は注意しないのだろうか、と盗み見ても、彼は全く気にしていないというような涼しい顔で部員たちに指示を送る。やべぇ、かっけぇわ。
視界の端で弟がシュートを決めるのを見届けながら、おれは赤い人の観察をしていて。まぁ性格は知ってのとおりアレだけど、こうやって見るとほんとかっけぇもんなぁ、なんて思いふける。
確かに彼から何かを指示されたらしなきゃいけなくなるっていうか、拒否権がねぇっつーか、逆らっちゃダメだって本能的に思っちゃうっていうか。世界が明日終わるっていうなら逆らってみたいものだけど。
なんて思いながら彼を見ているとふいに目が合って。慌てて目を逸らしたが変な汗がどっと出てきて心臓がバクバクいってる。別に怒られるようなことはしていないのにやべぇやべぇと内心焦りまくりだ。
もう彼を見ることはできなくて、このギャラリーのなか男がおれだけってのも耐え難いので外に出ることにした。弟には外で待ってると適当にメールを送っておこう。
さっきからやたらとおれの位置を確認しながら練習していたから、おれがいなくなってもすぐにわかるだろうし。余所見ばっかしててキャプテンに怒られんなよーと心の中で注意しながらおれは体育館を後にした。
いまだに背中に感じる強烈な視線を振り切るように、振り返ったら負けだと自分に言い聞かせていたことすら赤い彼にはお見通しだろう。
「なんで最後まで見てくんなかったんスか!」
「は?」
帰路につくやいなや、唐突に言われたことに一瞬なんのことかわからなかった。は?じゃないッスよ!と隣でぎゃんぎゃん騒ぎ立てる弟にああ、と先ほどの行動を思い返していた。
あの後オレめちゃくちゃ頑張ってたのに!と不貞腐れた態度を取り始めたことに対し、可愛いなこいつ、と思っても口に出してはいけないのである。
「悪い。あまりにも周りがうるさくて落ち着かなかったんだ」
「そんなのいつものことじゃん」
「そりゃお前はな」
「っていうか、それだけじゃないし」
「なにが?」
「………」
それだけじゃない、と言って唇を尖らしたまま拗ねる弟は口を閉ざしてしまって。何がと聞いても答えてくれなくて。さっぱり意味がわからない。
いくら双子でも言ってくれなきゃわからないことだってある。以心伝心なんて、便利な能力は存在しないんだから。
「なんだよ?言わなきゃ兄ちゃんわかんねーぞ?」
「…オレが折角シュート決めたのに」
「うん?」
「名前が見てたのはオレじゃなかった」
「はい?」
「オレはシュート決まって真っ先に名前のこと見たのに。名前、赤司っちのこと見てた」
「へ?…あ、あぁ、あんときね。お前のシュートもちゃんと見てたけど?視界の端で」
「視界の端じゃダメッスよ!ちゃんと見てくんなきゃ!」
「いやいや、考えてもみろ。おれが赤司を見ていても視界の端にお前が飛び込んでくるくらいお前の存在感ってのは半端ねぇの。逆にお前しか見てないときはお前しか見えてないし。それってすごくね?」
「なるほど、オレすげぇ」
「だろ?」
「うん」
なんてな。こんな簡単にのせられてくれるお前が愛おしくてしょうがないよ、と思ってもやっぱりそれも口には出せなくて。だって折角機嫌が直ったんだから。
機嫌が直った弟はそれはそれは嬉しそうに歩き出しておれを見た。空がだんだんと深みを帯びていくなかで弟の綺麗な髪色が一層輝いてみえる。その姿に見惚れていたせいか次に発せられる言葉を予想できなかった。
「ね、名前。オレと一緒の高校行こうよ。一緒の高校行って、一緒に住もう」
「え…?」
「離れて暮らすようになってからずっとそうなればいいって考えてたんだけど、名前はどう思う?」
「どうって…母さんが許さないだろ」
「なんで?」
「なんでって、お前といたいからお前を選んだのに、自分の手から離れていくことを許してくれる人じゃねーよ」
「…でも、名前が一緒だって言ったらOKくれると思うんだけど」
「おれは思わない。第一それなら「名前」
おれの言葉を遮るように吐かれたおれの名前には、有無を言わさないほどの絶対的な何かがあった。それこそ、赤司の発する言葉のようだった。
おれのブレザーの裾を弱々しくつまんで、今にも泣きそうな表情でおれを見下ろす弟は、こんなこというのもあれだけど凄くそそるっていうか、なんていうか。心臓の奥がざわざわとする。ほんと、きれーな顔してやがる。
「否定的な言葉は聞きたくない。やる前から無理だって決めつけないでほしい」
「…泣くなよ」
「は?泣いてないし」
「や、なんか…今にも泣きそうな顔してっから」
「泣きそうなだけで、まだ泣いてない」
「一緒の高校って、どこだよ」
「まだ決まってない」
「お前はバスケの推薦で行けるだろうけど、おれの学力にもよるだろうが」
「その時は名前に頑張ってもらう」
「あのなぁ涼太、学力どうのこうのはこの際置いといて。高校くらいは別に同じとこ行ってやることはできても、一緒に住むってのはやっぱり無理だって」
「なんで?」
「高校生二人が、どうやって生活してくんだよ」
「んー、オレがなんとかする」
「はぁ?」
「モデル業で稼ぐ」
「部活あんだろが」
「名前と一緒に暮らせるなら頑張れる」
「あほか。そんなことおれが許すとでも思ってんのか」
「じゃあどうすんの。名前は無理だ無理だってそれしか言わないし、現実的なことしか考えてないじゃんか。名前が本当に思ってること、オレまだ聞いてないんだけど」
「おれは…」
そりゃ離れて暮らすのは正直いやだった。ずっと一緒にいて弟の成長を一番近いところで見たかった。住む場所が違っても、名字が違っても、おれたちはちゃんとした血の繋がりがあって、たった一人の心許せる身内であって。手放したくないって弟の気持ちは痛いほどわかる。おれだって手放したくない。
ただの二次元のキャラクターって概念はもうない。今はちゃんとした家族であって、おれの大事な弟だ。
「おれだってお前が大切だし、叶わなくてもずっと一緒にいてーよ。でも「わかった」
「へ?」
「その一言だけで充分。それが聞きたかっただけだから」
さっきまでの泣きそうな顔はどこへいったのやら。今にも女子数人殺しそうな満面の笑みを浮かべて、おれを見るその表情に、こっちが恥ずかしくなるっての!なにこいつ!ちょっとおれより背が高いからっていつまでも見下ろしてんじゃねぇよ!
「名前、そう言ったからには今日みたいな浮気は禁止だから」
「は!?浮気って…何言ってんだバカ」
それでも満足そうに無邪気に笑う姿を見れば、頭を撫でたくなるおれの気持ちを知ってか知らずか少し屈んでおれを覗き込みやがった。畜生こいつ、何もかも狙ってやがる!さすがおれの弟、マジ可愛いんだからやってらんねぇぜ!
ぼくら互いの爪先まで愛し合えるのだろうか
そんなの愚問だな。
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補足:転生して黄瀬の双子の兄、原作知識あり。両親は離婚して黄瀬は母方、主は父方っていう裏設定。
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