「名前!」
「おー雷蔵ー」


名前を呼んで、振り返って、視界に入る姿を鵜呑みにして、こいつは決まってこう返す。この忍術学園の五年生と言えば、同じ顔をした忍たまがいると有名になっているにも関わらず、開口一番、こいつの口から私の名が呼ばれたことは一度もない。

そして今もこうして、隣を歩きながら雑談を繰り広げる私に対し、疑うことなく「雷蔵」と呼びやがる。ああ、本当に胸糞悪い奴だ。


「名前はさ、今一緒にいる僕が三郎だと考えたことはないの?」
「え?お前三郎なの?」
「や、そういう意味じゃないんだけどね」
「えー…?」


ここで漸く疑いの眼差しで私を見始めたこいつに、そうそう、その目が欲しいのだよ、と心の中で嘲笑う。上から下までじろじろと食い入るように見つめては、うんうんと唸りながら考えて。

そもそもこいつの中で、私と雷蔵の違いを決定付ける何かがあるのだろうか?いつもいつも考えなしにこの姿を見れば雷蔵だと口にするこいつに、目を凝らせばその違いがわかるとは到底思えない。

けれど何故か、心のどこかで期待している自分がいる。こいつの口から「お前、三郎だろう?」と言われることを待っているなんて、私はどうかしているな。期待なんてするだけ無駄なのにな。


「んー…やっぱわかんねぇ!雷蔵にしか見えねーよ。お前本当に三郎なのか?」
「………」
「?、雷蔵?」
「…、それ三郎が聞いたら喜ぶだろうね」
「あー、まぁあいつ化けてなんぼだもんなぁ」


ほらな。どうやったって、こいつが私を見抜くことは出来ないんだ。

雷蔵にしか見えない、それは願ってもない褒め言葉であって。妖者(ばけもの)術を得意とする奴らからすれば、そう言われるために腕を磨き、そう言われてこそ術は完成する。

なのに、何故だろう。この言葉にできないもやもやとした感情が、私の苛立ちを増幅させていく。本当にこいつは、ああ、もう、言葉にするのも疎ましい。


「あ、でも俺さ、こいつは絶対三郎だ!ってわかるときあるぜ?」


思い出したように、そして嬉しそうに、こいつが突拍子もなく言った言葉に、私は少し心臓が跳ねた。兵助に化けても、八に化けても、勘右衛門に化けても、誰に化けたって私だと見抜けないこいつが。なぜ絶対という言葉を口にできるのか。馬鹿かこいつは。

そんな私の心情も知らずに、いまだに雷蔵だと思ってるこいつはにっこりと笑って。


「俺に化けたとき!」
「…は?」
「俺に化けたときだけ三郎だってわかる!」


それ、お前だけじゃなくて誰もがわかることだから。と、頭ごなしに怒鳴りたい気持ちをぐっと抑え、同時に殴りそうになった右手を必死に体の横へと縛り付けた。

あの一瞬で数えきれないほどの罵倒や文句が頭の中を埋め尽くしたが、一つとして声になることはなく、喉の奥へと消えて行った。


「…はぁ」
「?、溜め息つくと幸せ逃げるぞ?」
「(誰の所為でついてると思ってんだ馬鹿が)」


なんだろう、この脱力感は。話していただけなのに酷く疲れた気がしてしょうがない。


「あれ?三郎?と、名前じゃないか」
「あ」
「ん?あれ?」


曲がり角から現れた雷蔵本人が、私たちを目にして少し驚いたように目を見開く。

今まで雷蔵だと思って話していた私は実は鉢屋三郎で、今しがた目の前に現れたのが不破雷蔵で。その式がこいつの頭の中で出来上がったかどうかは別として、私は自嘲気味に笑いながらあー逃げたいと思った。


「あれ?え?雷蔵?」
「え、うん。なに?」
「え?本当に雷蔵?」
「そうだけど…そっちは三郎だよ?」
「………」
「名前ったら、また騙されてたの?」
「えー!まじかよ!お前三郎だったの?なら早く言えよなー!俺ずっとお前が雷蔵だと思って喋ってたじゃん」
「気付かないお前が悪い」
「まぁ大した内容じゃなかったから困りはしないけどさ」


あっけらかん、とそう言って笑い飛ばしたこいつに心底腹が立ったので、背中を思い切り蹴り飛ばしてやった。

蛙が潰れたような声をあげて廊下と対面したこいつを置いて、踵を返す私の背に雷蔵が呆れを含んだ声で呼び止めるも、私は止まってやらない。

気付かないお前が悪い。私だと、気付かないお前が悪いんだ。



気付いたら気付いたで拗ねるくせに、気付かないほうが悪いだなんて、三郎は我儘だ。

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