ふらりと立ち寄った海辺で一人、何を思ったかもくもくと砂の城を作っていたおれは、真後ろで自分を見下ろす人影に全然気付かなかった。
海水と砂だけで作られたそれは案外出来が良く、あともう少しで完成する予定だった。


「何してんのお前」


ピンと張り詰めていた集中力がプツンと切れた瞬間に、砂の城はザァザァと崩れてしまって。落胆するおれの情けない声に、焦ったように俺の所為じゃねぇぞ!と聞こえてきた。


「は?え!うわ!びっくりした。人いたの?ってかあんた誰?」


後ろから聞こえた声に振り返れば、そこには黒いキャップを深くかぶった男の人が、眉間にものすごくシワを寄せてこちらを睨んでいた。え、マジで怖いよこの人。


「薄情な奴」
「はぁ?」
「勝手に忘れてんじゃねぇよ。ムカつく」
「はい?」
「ムカつく」


そう吐き捨てて無防備でガラ空きの背中に一発のケリをお見舞いされた。カエルが潰れたような変な声を出しながら、崩れた砂の城に顔からダイブすることになったおれは、全身砂まみれだ。ちょっと口に入ったし!気持ち悪い!最悪だ!


「何すんだてめぇ!ケンカ売ってんのか!買わねぇぞ!」
「買わねぇのかよ」
「当たり前だ!どうせおれ負けるし!」
「ハッ!相変わらず貧弱だな」
「っていうかさ、あんた誰?もしかして知り合い?」
「………、お前本当に名字名前か?」
「え。なんでおれの名前知ってんの?きも…」


言った瞬間、目の前の男の人が被っていた帽子でおれの頭を思いっきりはたいた。堅いツバのところで刺すように殴ってきたから地味に痛い。
そんな理不尽な攻撃を受けたからには怖いけど言い返そうと思いっきり顔をあげると、さらりと風に揺れる赤い髪が目に入った。
怒ったように睨む目と視線が交わると、おれはなんだかとても懐かしい気持ちになった。ん?懐かしい?なんで?


「別に、無理に思いだそうとしてくれなくてもいいけどな。お前が忘れてんなら俺も忘れることにするし」


なんとも寂しそうな目をしてそう言って、男の人はくるりと向きを変えた。その情景があの時の記憶として蘇った。
遠い所へ行くと、唐突に聞かされてあっけなく行ってしまった小学校のときの友達が、なんだか今の男の人と重なるのだ。


「松岡?」


歩きだした背中に頼りなく問いかければ、びくりと肩がはねて立ち止まる。そのまま次の一歩を踏み出さないのをいいことに、おれは強い確信を持ったままもう一度問いかける。


「松岡だろ!え?松岡だよな?」


ゆっくりと顔だけ振り返り、何か言いたげな視線を寄越すと、それが答えだとでもいうかのように意味深なくらい深い溜め息を一つだけこぼした。
おれは今までの自分の態度をすっかり忘れ、久しぶりの再会にそれはそれは嬉しくなって笑って近付いた。久しぶり!と笑い合うつもりだったのに、松岡の射程距離に入った瞬間、奴の長い足がおれのみぞおちにクリティカルヒットした。
今度はカエルじゃ比にならないほどの声とともに、砂浜にノックアウトするおれを見下ろす赤い目は、あの頃の可愛げなんて欠片も残っていなかった。


「その前にまず忘れててすみませんでしたって謝罪だろうが」
「ぐふっ…わ、忘れてて…ずみませんでじた…」
「おれのこと絶対忘れんなよって号泣しながら叫んでたのはどこのどいつだっけなぁ?」
「お、おれですね」
「で?」
「綺麗さっぱり忘れてましたね」
「………」


未だにみぞおちを抱えて倒れているおれへ二度目の攻撃が降りかかるも、悪いのは忘れていたおれなので甘んじてその攻撃を受け入れていた。内蔵出そうなほど痛いけど。


「マジありえねぇ」
「ごめんって!」
「そんな軽い謝罪で許すか」
「本当にすみませんでした!」
「俺かなり傷ついたけど」
「そのナリで言う?」
「あ゙ぁ?」
「怖っ!チンピラかよ!」


寝転がっているおれをここぞとばかりに蹴りまくる松岡に、さすがのおれもそろそろ限界なので、ここはひとつ手っ取り早く機嫌を直す魔法をかけてやろう。


「うそうそ。こんな形でも会えてすっげぇ嬉しい。おかえり、凛」


そう言って笑うと、ピタリと止まった攻撃に安心していたおれもおれだけど、まさか一番強烈な一発がくるなんて普通予想しないだろ?
照れ隠しかなんだか知らないけど、トドメと言わんばかりの威力で振り下ろされた足に、マジで失神しそうになったこと。忘れてた以上に酷いことだとおれは思うわけ。
だけど小さく、本当に小さく、ただいま、と言ってくれたから、この痛みは我慢しようと思ったんだ。

松岡がいなくなった寂しさを埋めるために、おれはたくさん遊んでたくさん笑って、松岡の顔が霞むくらいたくさんの思い出を作った。海を見ては松岡の存在を思い出したりもしたけれど、その時にはもう顔も声も忘れていた気がする。
遠くへ行った松岡から連絡らしい連絡なんて一度もなかった。子供同士の付き合いも、交わす約束も、時間が経てば薄れるし忘れていく。そういうもんだと思っていた。だけどこいつは覚えていた。おれが誤魔化してなかったことにした約束を、松岡はちゃんと忘れずに覚えていてくれたんだ。
その事実に心底申し訳なくなったおれは、罪滅ぼしとは言わないけれど、せめてもの気持ちとしてこの先絶対忘れられないくらい嫌っていうほど構ってやろうと思った。


「それはそうとさ、おれにお土産ないの?」
「あるわけねぇだろ」
「え!なんで!?」
「忘れてた奴にあると思ってんのか?」
「思いだしたからいいじゃん!」
「ふざけんな!誰がやるか!」
「ってことは一応買ってくれてはいるってことでおっけー?」
「う、るせぇ!ねぇよ!」


にやにやしながら隣を歩くおれのほうを一切見ようとせず、少し赤くなった耳だけをさらしながら足早に去ろうとする。そんな背中がなんだか可愛く思えてきて、けれどごめん、おれの家そっちじゃねぇからここでバイバイな。


「松岡ー!おれん家そっち方向じゃねーからまた明日なぁ!ここらへんで待ってるぜー!土産をー!」


少しキレ気味に返事したかと思えば、ズカズカとおれのほうへ戻ってきてはお前ん家行くぞ、と歩き出す。もーホント素直じゃないなぁ。と呆れながらも、嬉しいのでよしとする。


「松岡、さきさき歩くのはいいんだけどさ、さっきの路地左なんだけど戻っていい?」
「先に言えよ!」



お帰り
また一緒にバカやろうな!

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