部活が終わったあとの帰り道、自転車を押しながら校門へ向かっていると、門の近くに数人がたまっているのが遠目で見てわかった。
きっと他に部活していた人たちなんだろうなって思いながらなんとなくその集まりを見ていると、その内の一人がこちらを向いた。暗くて顔はちゃんと見えなかったけれど、なんだかおれを見ていたような気がする。

隣で喋ってるノヤさんの声を聞きながらなんとなく視線を外せないままでいると、こっちを見た人を残して他の人は帰ってしまった。じゃーなー、って言ってる声が聞こえる。それに応えるようにその人は手を振りかえすと、こちらに向かって歩き出した。

だんだんと近づいてくるその人をじっと見つめていると、やがてうっすらと表情がわかるほど近くなって。あ!と声をあげると思ってたより大きな声になってしまい、周りにいたみんながビクっと体を震わせるのが視界の端で見えた。

「なんだ日向!急に大声出すな!」
「どうした?忘れもんか?」
「せっ、先輩!」
「は?」
「よー有田、待ってたぞ〜」

隣で影山が有田って誰だ?なんて言ってるけど、ごめんそれおれ!
のろのろと近づいてきた先輩はおもむろにおれの自転車のカゴにカバンを入れて、さー帰んべ、とナチュラルに荷台へ乗っておれを見た。

「え!え!?」
「なんだよ」
「なんだ名字!まだ残ってたのか?」
「補習か?」
「バカ二人じゃあるまいし、おれが補習になんかなるかよ」
「「なんだとゴラァ!」」
「告白されてたのー」
「「「え!?」」」
「なんちってー」
「「てめぇ!!」」
「びびび、びっくりしたぁー!」
「はいはい、おちょくってサーセン」
「それで謝罪のつもりかァ!」
「言っていい冗談と悪い冗談があってだなァ!」
「いいからほら、帰んぞ有田」
「だから有田って誰?」
「あ、影山。それおれ」
「は?なんで有田?」
「あーそれは「翔陽」

おれが有田って呼ばれている理由を影山に話そうとしたとき、いつもより少し低い声でおれの"名前"を呼ぶ先輩。おれは知ってる。こういうときって逆らっちゃダメってこと。

「ッ!あー…影山、悪いけどそれはまた今度な。すみませんが先帰ります!お疲れ様でっす!」
「え?あ、おい!」
「おう、また明日なー!」
「気ィつけて帰れよー!事故んなよー!」
「あス!」

部活のみんなを置いて先に先輩と帰る道のりで会話という会話はない。
ただ帰る方向が同じだからって理由で、こうしておれの後ろに乗って帰るときがたまにあるくらいだ。後ろで気持ちよさそうに鼻歌をうたう先輩に、もう機嫌はなおっただろうかと考える。

「先輩、部活入らないんですか?」
「無理だってこの間話したろ」
「でも、たまにこうやって一緒に帰るなら先輩も何かやったほうがいいんじゃ…。おれを待つのって結構時間かかるし…」
「はぁ?有田が変な気まわしてんなよ。おれはおれで時間の潰し方があんの」
「先輩バレー部に入る気ないですか!?」
「お前おれの話聞いてた?」
「バレー部入りましょうよ!そして一緒にバレーやりましょう!ね!?」
「やだよ暑苦しい」
「ええぇぇぇえ!そんなこと言わずにぃ!先輩!」
「いいから黙って前向いて漕げドチビが」
「すぐそうやって怒るんだから…」
「なんかだんだん言い返すようになってきたなぁ」

中学のときにおれの練習相手をしてくれていた先輩だから、バレーをしようと思ったら今からでも遅くないし全然おれよりセンスあるから大丈夫だと思うんだけどなぁ。
いくら誘っても首を縦に振ってくれないこの先輩は昔からこんな感じだ。でも諦めずにずっと言い続けてたらこの人は折れてくれる。おれはそれを知ってるからバレー部に誘うことをやめるつもりはない。
部活に入れない理由も知っているけど、こんなやり方ズルいかもしれないけど、おれはこの先輩と一緒にコートに立って、ちゃんとしたチームでバレーをやってみたいと思った。
それは先輩が同じ高校にいるとわかったときから、ずっとおれの中でくすぶってる感情だった。

「先輩、おれ、先輩が入ってくれるまで言い続けますからね!」
「なにそれ怖い。やっぱお前将来は絶対営業セールスマン向いてると思うわ」
「先輩がいなくてもバレーは楽しいけど、先輩がいたらもっと楽しくなると思うんで!」
「相変わらず会話が成り立たないとこも変わってなさすぎてマジ怖い」
「影山のトスもいいけど、おれ先輩のトスでも飛んでみたいんです!」
「もうお前と帰るのやめようかな…ちゃりんこ楽だから好きなんだけどさ…」
「それに!おれが成長したところとか先輩に見てほしいし!あ!今度合宿あるんですけど先輩も来ませんか!?見学でもいいんで!できたらマネージャーとか!あわよくば選手とか!!」
「有田、白熱してるとこ悪ィんだけどおれの家過ぎたから戻ってくんね?」
「え!あぁ!すみませんすみませんっ!」

行き過ぎた道を少しだけ戻って、先輩の家の近くにある公園まで送る。そこがいつもおれが先輩を降ろすときの指定位置だった。公園を抜けた先にあるマンションが先輩の今の住まいらしい。何階に住んでるとか聞いても教えてくれなかったけど。

先輩が降りたことによって荷台の重みがなくなって、前のカゴに置いていた先輩のカバンも視界から消えてしまう。
いつもいつも、おれはこの瞬間が嫌いだ。そう思ってることを先輩は知らない。知らないまま、ありがとな、と緩く笑っておれの頭を二度軽くたたく。そのままその手が背中におりてきて、じゃあな、という言葉と同時に少しだけ押されるのだ。
名残惜しいって思ってるの、おれだけなんだろうなぁ。

「先輩、やっぱりバレー部に入りましょうよ」
「しつこいぞ」
「そしたらおれ、毎日こうやって先輩のこと送れるし!」
「別に毎日送ってくれって言った覚えねーけど?」
「おれが送りたいんです!」
「なんと。自ら下僕希望とは珍しい奴よ」
「ね?だから先輩もバレーしましょうよ!」
「………、明日も朝練あるんだろ?早いんだから、さっさと帰ってクソして寝ろ」
「その前にお風呂です!」
「じゃあそうしろ。おれはもう帰る。気ィつけて帰れよ。絶対事故んなよ。後味悪いから」

だるそうに歩きながら公園を抜けていく先輩の背中を最後まで見送って、先輩がマンションのエントランスに入って姿が見えなくなるまでそこにいた。

おれのことを変わらない変わらないと言う先輩だけど、おれが望む明確な答えをちゃんと示してくれないところは先輩だって昔から変わってない。
一緒にバレーできるまで、なんでか諦めきれないおれを先輩は心底ウザがるだろうけど、なんだかんだ言って最後は付き合ってくれる。そういうところも昔から変わってないといいな。



 
小さくても貪欲な獣に、主導権は絶対に握らせないからな

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