告白現場なんて、どれも良く似た光景だ。そこにばったり居合わせるってことは稀だけど、見たことがないわけでもなかった。
忘れ物を取りに来た教室でまさかこんな状況が広がっていたなんて、誰も想像できないだろう。いや、できたとしても自分が遭遇するとは思わないだろうし。っていうか放課後の教室とかまたベタなシチュっスねぇ。
告白されているのは男子のほうで、ドアの隙間から見えたのは袴をはいた男の背中だけだった。あの恰好からして弓道部だろうか、なんて考えていると、弱々しく震えた女の子の声が聞こえてきた。
「えと、あんまり話したことないのにいきなり告白とか、驚いたよね…ごめんなさい」
他人のこういう状況を立ち聞きする趣味も覗く趣味もない。だから忘れ物は諦めて体育館へ戻ろうと踵を返したとき、ここで初めて男の声を聞いた。それは酷く優しさを帯びた声だった。
「どうして謝るのさ。まぁ、確かに君の言うとおりおれたちあんまり話したことないし、まさか今日告白されるなんて予想外すぎて驚いてるけど…謝られると、どう返していいかわかんなくなる」
その言葉に、オレの足はぴたりと動きを止めた。
これはなんていうか、オレからしても予想外の返答なんだけど。オレがそう思ってるってことは、女の子なんかもっとそう思ってるだろう。
仮にも好きだと思って告白してる相手から、あんな優しい口調で言われたらさらに混乱すること間違いなしだ。戸惑いを隠せない女の子の声がやけにリアルに聞こえてくる。それを見て、男のほうがくすりと笑った。うん、嫌な笑い方じゃないのは雰囲気でわかる。
体育館へと向かっていた足は、そのままくるりと方向を変え、オレは息を殺してこの告白を最後まで見守ることにした。
だって気になる。今ここで見なかったことにして去ると練習に身が入らないのは安易に想像できた。二人には悪いけど、立ち聞きなんてほんとはしたくないけど、オレに興味を持たせたそっちが悪いってことで。
「んー…君さ、今ちょっと時間ある?」
「え?時間?えっと…あり、ます…」
「よし、じゃあ少し話そうか。誰の席かわかんないけど座ろっ」
「えっ、あの、えっ!?」
「ん、ここ座って?」
「や、でも、部活…途中なんじゃ…?」
「うん。部活はこれから三年間いつでも出れるけど、この時間は今しか過ごせないでしょ?それとも君は、おれがどんな人間か知れるチャンスをみすみす逃しちゃうわけ?」
「えっ…!」
「なーんて、ただおれのことを好きだって言ってくれる子がどんな子なのか知りたいだけ。嫌なら無理にとは言わないから、君が決めていいよ。ここで断られたくらいで君のこと嫌いになったりしないし」
「………あ、えと、じゃあ…おじゃまします」
「どうぞどうぞ、って、おれの席じゃないんだけどさ!」
あーぁ、あいつバカなんじゃねーの?そんな優しいことしたら自分から付き合える見込みあるって言ってるのと同じじゃん。あとで断りにくくなるだけなのに。
告白されて、全然興味なくて、でも可哀想だから友達から始めましょうなんてただの綺麗事だ。そんなの、断った罪悪感から逃げてるだけで、告白してきた相手の気持ちなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
変な期待を残すほうが残酷だってこと、あいつは知らないのか?心は痛むけれど、はっきりと断ったほうがその子は次の恋に行けるのに。その道を断ち切るなんて、どうせ責任なんて取らないくせにホント、男って勝手な奴ばっかりだ。
そういうオレも、今まで何人の女の子を振ってきたかわかんない最低の奴なんだけどさ。
「こんなこと聞くのもあれなんだけど、君はなんでおれのこと好きになってくれたの?」
「え!えっと…」
「だってあんまり接点なかったじゃんか?あ、別に顔がタイプだったからって言ってくれても全然大丈夫。そう言ってきた子結構いるしね」
「え?」
「おれ、自分に告白してきた子といっつもこうやって話す機会作るんだよ。特に君みたいにあんまり喋ったことない子に言われたときは絶対そうしてる」
「どっ、どうして?」
「んー、何でおれ?っていう疑問を解消するためっていえば早いけど、おれは気付かせたいのよ」
「?、気付かせる?」
「だってさ、言葉をかわすのが少ないのに誰かを好きになるってことは、もう外見がタイプってのが大概でさ。他はおれが友人と話してるとこや、普段の生活態度見てああこういう人なのかなって思うわけでしょ?そっから女の子ってのは想像が膨らむわけでさ、もしかしたらこういう人なのかも!とか、こうだったらいいな!とかなるわけじゃん?」
「あ…うん…」
「でもそれってただの妄想の産物なわけで本当のおれじゃないし。だから実際こうやって話してみて、おれがどういう人間か知ってもらうわけ。そこでなんか想像してたのと違うってなると恋愛感情って薄れていくものだろ?そこでやっぱ好きだ!って思ってくれる子もいるけどね。結界オーライなら別にいいんだよ。でもそうじゃないときってさ、告白して付き合いました、付き合ってみるとなんか違う、そんな人と思わなかったって思って別れるとさ、どっちも辛くない?」
「…うん」
「振られる側からしたら勝手に好きなって勝手に幻滅されて振られるとかたまったもんじゃないのよ。マジふざけんなってなるわけよ。でもこうやって付き合う前にもう一度自分の気持ちと向き合う時間を与えてあげるとさ、わたしに合う人はもっと別にいるんじゃないかって道が開けるわけ。自分で気付いてくれたらおれも頑張れって背中押せるし、その後相談だって乗れるし友達にもなれる。まぁそのまま疎遠になっちゃう子もいるけどそれはもうしょうがないしね」
「…うん」
「で、君はなんでおれのこと好きになってくれたの?聞かせてよ」
鳥肌が立った。素直に、怖いと思った。一見いいことを言ってるようにも聞こえるけれど、実はそうじゃない。
遠まわしにじわじわと"諦めろ"と言われてるのと同じだと思った。話を聞けば聞くほど何考えてるのかわからない、腹のなかに別の生き物を飼っているかのような、そんな威圧感がある。
それを感じ取れる子は、きっとあいつが言うように疎遠になってしまう子なんだろう。
「わたし、は…」
あの子は気付いてるのだろうか。さっきあいつが言った言葉の裏の意味に。
"おれ、自分に告白してきた子といっつもこうやって話す機会作るんだよ。特に君みたいにあんまり喋ったことない子に言われたときは絶対そうしてる"
今あの子とそうしてるように、過去にもそうしてきたとあいつは言っていて。けれど一言も、その中の誰かと付き合ったことがあるとは言っていない。成功例を、一度もあげていない。
「(うわ…やばい。なんか吐き気がする…)」
これならまだオレのほうが全然マシじゃねぇか!と思えるほど、あの男の口から出る言葉は全部、優しさを身に纏って真実を有耶無耶にした凶器だと思えた。
ああほら、気付かないうちに血だらけになってるっスよ。あんたのハート。
ろ く で な し
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海常弓道部の男の話
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