彼がこの学校に来たのは二年にあがってすぐのことだった。ほぼ散ってしまった桜に寂しさを漂わせるなか、もうすぐくる夏が一足先にきたような、そんな印象だった。

「えーっと、名字名前です。小3までこっちにいたんで何人か知ってる人もいるけど、ほとんど初めましてに近いんで改めてよろしく。名前言ってくれたら思い出すかもしんねーから気軽に声かけてきてくれたら嬉しい。忘れてたらごめんってことで」

そう言って照れくさそうに笑った顔が誰かに似ている気がしたけれど、あんまりピンとこなかった。
担任から指定された席に行くまでに何人かが彼に声をかけていた。彼もそこで盛り上がりそうになったところですぐに注意され、名残惜しげに席についた。
それを周りがくすくすと笑って受け入れている。転校初日からすでにクラスに馴染んでいるように映る姿は、なんだか妙に面白くなかった。彼に対しての第一印象はマイナスからのスタートだった。

休み時間のたびに彼の周りには人がいた。再会を懐かしむ人や、転校生を一目見に来た人。顔もそんなに悪くないから知らない女子まで集まっている始末だ。自分の存在が霞んでしまうほど、今周りが視界に収めているのは名字名前ただ一人だった。
それに嫌な顔一つせず、彼も彼で気さくに話しては楽しそうに笑っていた。けれどどうしてか、彼の笑顔に自分に似た何かを感じた。適当にあしらうような、この場をやり過ごすためだけの笑顔に、心臓の奥がひやりと冷えた気がした。
同族嫌悪というべきか。オレと彼が同族だなんて思いたくもないけれど、まだ一言も話していないのにこんなにも嫌悪感が増す理由が、それ以外当てはまらなかった。

そんなとき「あーここだここだー」と聞き慣れた声が聞こえてきた。
反射的に顔をあげて、その声が聞こえたであろうドアのほうを見れば、桃っちと青峰っちが二人揃ってオレのクラスにきていた。一瞬でさっきまでのイライラが吹き飛んだオレは、意気揚々と青峰っち!と呼ぼうとしたけれど、それより先に、青峰っちの口が彼の名前を呼んだ。

「おーっす名前!」
「名前!久しぶりだね!」
「!、さ、さつきーーーーー!?」
「わっ!名前!?」

オレが出そうとした声は寸のところで言葉にならなかった。
二人に名前を呼ばれさっきまでの当たり障りのない笑みじゃなく、心底嬉しそうに笑い、桃っちに勢いよく飛びついて抱きしめる彼は、もう周りなんかどうでもいいといっているみたいだった。
鈍器で頭を殴られたような、目の前の景色が一斉に色をなくしたような、そんな感覚に近い。

「(何で?どうして?二人が彼を知ってるんスか?青峰っちがどうして彼のことを名前で呼ぶんスか?黒子っちのことだけじゃなかったの?)」

ぐるぐる、ぐるぐる。
自分でもわかるほど嫌な色をした感情が奥から渦を巻いてのぼってきているみたいだ。そんなオレの心情なんか知る由もない三人は、お互い再会を懐かしむように楽しそうに笑い合っていた。
そこには誰も邪魔できない空気が漂っていて、周りの目が遠慮してるのがはっきりとわかるくらいだった。

「おい名前」
「さつき!マジで久しぶり!しばらく見ねぇ間にべらぼーに可愛くなりやがって!出るとこちゃんと出ていい成長ぶりじゃねぇか!たまんねぇな!」
「もう名前!恥ずかしいからやめてったら!そういうとこ全然変わってないよ!」
「おい」
「髪も伸びてさらに美人になったなぁー。彼氏の一人くらいできたか?あ、いやいや言うなよ?聞きたくねーから!いても構わないけど聞いたらおれショックで死ぬから!」
「大袈裟だなぁ。残念だけど忙しすぎてそんな暇ないよ〜」
「おいっ!」
「さつきは可愛いからモテるだろう?下心みえみえの変な男が近付く前におれが全部薙ぎ払ってやるから安心しろよ!お前はお前の青春を楽しめばいいからな!」
「そう言ってくれるの名前くらいだよ。ありがとう」
「おいっつってんだろ!名前!何シカトこいてんだてめぇ!」
「っっっるっせぇーな!今おれがさつきと喋ってんだろうが!この癒しタイム邪魔すんじゃねぇ!黙ってお座りしてろよ!」
「な、ん、だ、と、てめぇ…!そのさつき至上主義は相変わらず変わってねぇらしいがオレを無視すんじゃねぇよ!」
「お前なんていつでもどこでも話せんだろうが。さつきは今しか堪能できない。だから邪魔すんな」
「うぜぇからさっさとさつきから離れろボケ。さつきも大人しくされるがままにされてんじゃねぇ!嫌がれよ!」
「え?別に嫌じゃないよ?名前に会うの久しぶりだから嬉しいし」
「大輝〜男の嫉妬は醜いぜー?さつきはおれのだから気安く触るなって言えば渋々離してやるけどな」
「違ぇしうぜぇ!」

そんな彼らに見かねた誰かが知り合いか?と聞いていた。
その質問に彼が答えるのと同時に、彼の右腕に抱き付いた桃っちと、彼の頭に手を置いた青峰っちが声を揃えて別々の答えを口にした。

「大事な恋人」
「大切な幼馴染」
「オレの従兄」

それぞれの言葉にお互いが驚いたように顔を見合わせ、そうして笑いあう。そこには誰も踏み込めない壁があって、何故か三人とも、少し泣きそうな顔をした。
周りが声にならない言葉を飲み込み、掘り下げることをやめた。深く聞かないほうがいい。それはなんとも賢明な判断のように思えた。

予冷が鳴って、桃っちと青峰っちが彼から離れるとき、ものすごく悲しそうな顔をした彼がいた。それに気づいた青峰っちが、彼の髪をくしゃくしゃに撫でて名残惜しそうに離した。それを見ていた桃っちも、なかなか彼の腕から離れようとしなかった。

オレたちの教室に次の授業を担当する先生が来たことによって、彼のそばから完全に二人が離れた。教室に入るようにと注意をされる彼が、二人が去っていく背中をじっと見つめていたと思えば、呼び止めるように二人の名前を呼んだ。

「…ただいま」

教室にいるオレたちからは、去っていった二人がどんな顔をしたのかはわからないけれど、彼が慈しむように笑ったのを見て、心臓がザワつくのを感じた。
ようやくオレが手に入れた場所を、彼があっさりと奪っていくような気がした。初めから自分のものだというように、桃っちも青峰っちも抱え込んで離さないと、そう言われるような気がした。
同族嫌悪なんか可愛いものだ。同族なんかじゃない。彼は、オレの敵だったんだ。
だったら仲良くなれるわけがない。好きになれるわけがない。だから気付かなかった。気付けるわけがなかった。

三人の関係を聞かれたときに青峰っちが言った言葉。そこに別の意味が含まれていたことを、彼らは理解した上でああ言ったんだと、部外者のオレが気付けるはずもなかった。

劇薬がほくそ笑む


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