※名字固定主です。



心地良い日差しが余すことなく降り注ぐ窓際は、ちゃんと睡眠をとっているにも関わらずふわふわと睡魔を促してくる。噛み殺すようにあくびをし、目尻にたまった涙を雑に拭った。ぼんやりとノートを見下ろすとふにゃふにゃの字とミミズが所々で量産されていた。書き直すことすらめんどくさく、提出前にすればいいかと諦める。
決して退屈な授業というわけではないが、こうも眠気が拭いきれないとなると、教壇にたつ教師には申し訳ないが内容が一切耳に入ってこない。ならばこの授業が終わり次第短い休み時間を有効に使おうと考える。次の授業が移動教室じゃないことを確かめて、絶対に寝てやるぞ、と妙な意気込みをした。


「えらい眠そうやったやん」
「いッッッた!?」


授業が終わって速攻机の上にあったものを片づけ、カバンからタオルを取り出して適度に折りたたむ。それを枕にしてさぁ寝よう!と頭をタオルの上へ勢いよく下ろすと、想定していたふんわり感ではなく、ゴツン!と机の固い感触が脳に響き渡った。


「なにすんねん志摩コラァ!?」
「目ぇ覚めたやろ?」


折りたたまれたタオルは寸のところで抜き取られ、おれの眠りを妨げた張本人はへらりと笑った。痛みでじんじんする頭をさすりながらピンク頭をぎっと睨む。


「おれこの休憩時間は寝るってさっき決めたから。そのタオルはよ返せ」
「えー?俺とおしゃべりしようや!」
「は?一人で喋っとけよ」
「辛辣!西の出身同士仲良うしたってくださいよ〜」
「なら親しき仲にも礼儀ありやろ。おれの睡眠時間優先してくれへん?」
「さっきの授業のノート貸したるから」
「志摩には借りんからお気になさらず」
「ハッ!?このタオルむっちゃえぇ匂いする!!」
「やめろ変態かお前死ねもうそのタオルやるわ」
「そんな嫌がらんでも」


この男の登場によりおれの快適な休み時間はとてもじゃないが過ごせそうにない。
入学してすぐに教室で行われた自己紹介でお互いが西の出身ってことがわかった。別におれとしては出身がどこであろうと関係なく友好関係を築きたかったというのに、この志摩というアホみたいなピンク頭が初日からずっとこんな調子でおれに近づくから周りがそういう二人なんだって認識してしまったらしい。
その上おれの名字がこう、なんというか志摩と並ぶとまるでお笑い芸人のコンビ名みたいになるものだから余計に二人は仲良しという非常にありがたくないレッテルを貼られることになった。この時ばかりは自分の名字を呪いに呪った。


「伊勢って綺麗な字書きはんねんなぁ」
「勝手に見んな変態死ねそのノートもうお前にやるわ」
「だからそんな嫌がらんでも」


そう。おれの名字が"伊勢"ということもあって、一番最初に担任が「伊勢、志摩かぁ。旅行に行きたくなるな!」なんて抜かすから変に目立ってしょうがなかった。しかもおれの髪が赤茶色でアホの志摩がアホみたいなピンクの頭してるから余計に悪目立ちしてしまうのが最近の一番の悩みだった。
関西人だからボケとツッコミが上手いって勝手に思われるのも嫌だが、名字と方言だけで本人の意思関係なくコンビと扱われるのも嫌だった。唯一の救いが"京都の志摩"と"奈良の伊勢"という名字と出身地が合致しなかったことくらいだ。


「なぁなぁ奈良のどこにおったん?」
「ハァ?言ってわかんの?」
「全く」
「じゃあ何で聞いたんや…」
「一家に一匹鹿飼うてんねやろ?」
「どこ情報やねんそれ…」
「ラッパ吹いたら鹿寄ってくるって聞いたんやけどあれほんま?」
「ホルンな」
「でっかい大仏さんおるし、なんか柱の穴抜け有名ちゃうかった?」
「あーあれ。大仏さんの鼻の穴の大きさらしいわ」
「そうなん!?人一人通れるとかデカない!?むっちゃ空気吸えるやん!」
「せやなぁ」
「…返事がおざなりになってんで」


あ、あかん。このゆったりまったりとした感じ、妙に心地良くて流されそうになる。
結局寝ると決めた休み時間は志摩と話すことで終わってしまい、次の教科の先生が来ると「ほな」と言い残して志摩が席へ戻った。机にぶつけた痛みがまだ微妙に残っていたため、席へ座った志摩の背中を睨み続けていたが、睨むことですら疲れてきたので早々にやめた。
机の中を漁って教科書とノートを出すが、授業が再開してすぐまた眠気が舞い降りてきた。ほらな。やっぱり志摩を無視してでもさっきの休み時間は寝ることに徹していれば、と後悔するが時既に遅し。
ぐらつく頭を左手で押さえながら、あたかもノートをとってます、というポーズを作りながら目を閉じる。左手と頬の間に先ほど使おうとして使われなかったタオルを挟み、ふんわり感を堪能しながらまどろみを巡るこの瞬間が最高に幸せだったりする。
ふわりと鼻先をかすめる柔軟剤の香りは確かにいい匂いがした。でも男にそれを言われるのはなんかキモイって思うのはおれだけだろうか?

へらへらと笑う志摩の顔を思い出しながら、おれより前の席にいるくせになんで眠そうにしてたとかわかったんだろうか、と酸素の足りない頭で考えた。が、人間の三大欲求の一つに敵うはずもなく、授業開始のものの数十分で意識を飛ばすことに成功したのだった。




「ノート貸したるとか言っときながらお前もミミズやんけ!」
「俺からは借りんのとちゃいますの〜?」
「二度と借りんわくそぼけが。もうええわ」
「今の漫才のシメみたいやったな」


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ちょっと書き直し

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