ボーダー隊員が一番よく集まるラウンジにある、一番大きいテレビ画面が急に夕方のニュース番組に切り替わった。まるで誰かが視聴予約をしていたかのようだ。テレビ画面の右上に表示される地方局の番組名に、三門市では見ることのできないローカル番組感がある。

そんなテレビの変化を視界の端で確認しながら、目の前でケータイを触りながらボケっとジュースを飲む出水を眺めていたときだ。

『さて!今日はなんと特別ゲストにお越しいただいておりまーす!』

どこかの街角に立つリポーターが興奮気味に紹介した先をカメラが追うと、そこにはラフな格好で通行人に挨拶をするボーダー隊員で知らない人はいない有名人、名字名前さんがそこにいた。

『偶然スタッフが彼を捕まえることができまして!今日は予定していたコーナーを取りやめて巷で噂の名字名前さんに話を聞こうかと思います!すでに周りはすごい人だかりです!こんにちは名字さん!初めまして!』
『こんちは〜』

一瞬にしてラウンジがザワつき、全員の視線がテレビに釘付けになった。目の前で激しくむせた出水がゲホゲホ言いながら素早くテレビを見上げる。その視線にはわずかに羨望が混じっている気がした。

『いきなり告白しますが、実は私ファンです!お目にかかれて大変嬉しく思っています!配信全部見てます!』
『え?そうなの?ありがとう。っていうことはおれがここにいる理由もちゃんと知ってくれてるってことだよね』
『ボーダーの任務なんですよね?』
『そうそう。つまりここが何かしらの危険を潜めているわけだから暫くは気を付けて過ごしてね』
『ちなみに撮影は…』
『危ないからダメー』
『ですよね…』
『ごめんね。本当に危ないから。でも代わりにイースがちゃんと撮影してくれるからその配信で我慢してね』
『わかりました。お仕事頑張ってください。本当に応援してます!』
『あはは!こりゃ期待に応えなきゃだなぁ』
『ウッ…天使…』
『え?なんて?』

いつも見てるケータイの画面とは違い、大画面で彼が話しているとこを見るのはなんだか新鮮だった。ラウンジに集まる人数がどんどん増えていくなか、出水が小さく「カッケェー…」と呟いていた。

一時だけでも広報で活動していた時期がある彼の容姿は、確かに整ったものだと男の俺でも思う。黙っていたら本当にイケメンなんだが、彼はよく喋りよく笑いよくわめくので、真面目な瞬間をあんまり見たことがなかった。
そんな人気絶頂のためか、モラルのないファンが彼を盗撮した写真や動画をネットに流した瞬間、即座に削除され個人をも特定され警告文が送られてくるとかなんとか…。イースがやってるのか本部がやってるのかはわからないが、彼に関して公式以外で開示される情報は何故かすべて消されてしまうのだった。コワーい。

『名字さんは芸能人にも多くのファンを持つ方で、我々テレビ局側としてはなんとしても名字さんに番組出演を果たしてほしいところなんですが、この通り年中ボーダーの任務で各地を転々とされているので本当に今回!奇跡的にこのような機会が与えられて感激しています!!』
『えー?大袈裟だなぁ〜』
『大袈裟なんかじゃありません!これが正当な反応なんです!リポーターやっててよかった!!』
『最後めっちゃ個人的意見!』
『あとどれくらいこの街にいるんでしょうか?それは聞いても大丈夫でしょうか?』
『うんいいよ。そうだなぁ。迅くんが言うには明日か明後日にはもうここでの任務は終わると思うよ』
『ハッ!出ました"迅くん"!生で聞けるとは思ってなかった"迅くん"ワードいただきました!』
『なにそれ?』

リポーターのお姉さん、ファンだと名乗るだけあって、彼の発言のいたるところに重きを置いているのがよくわかる。彼のツイッターや動画配信などでよく聞くワードの一つが今の"迅くん"なのだ。もちろんボーダー隊員である俺たちからしたら迅さんのことはもちろん知ってるし、彼が何故迅さんの名前をよく口に出すのかも知っている。
けれど一般人からしたら彼の口からよく聞くその"迅くん"に様々な妄想をかきたてているのだろう。現に【名字名前と迅くんについての考察】というスレが立ってたくらいだ。今は闇の力で消されてしまったけれど。

『本部周辺みたいに警戒区域ってのを俺から伝えられたらいいんだけど、そういうSEじゃないからなんとも。怖い思いさせたり心配事増やすかもしれないけどさ、おれが何とかするから安心して過ごしてね、とは言えないのが心苦しいところでさ』
『名字さんもいつも怖いなーって言いながら戦ってくれてますもんね!』
『ちょ!ソレ改めて言われるとめっちゃはずい!!』
『あの!我々でよければできる限りバックアップはします!場所がわかれば速報でもなんでも流します!名字さん一人に任せっきりになってしまう現状が心苦しいのは我々も同じですが、どうか一人で戦っているなんて思わないでください!何かあれば本当に!全面協力いたしますので!!』

個人的主観が若干入ってはいるものの、リポーターさんの熱い言葉に胸を打たれたのは彼だけじゃないはずだ。でも彼だからこそ、名字名前という人間だからこそ、リポーターさんのようにエールを送る人がいて、力になりたいと思う人が集まるんだ。
たとえばあの位置にいるのが二宮さんや諏訪さんだったらこうはなってないと思う。いやたとえばの話ね?人選に他意はないよ?

『もぉ〜〜〜ほんと…、ほんとそういう………、あ〜〜〜本当に、ありがとうございます…』
『照れ顔いただきましたッ!』
『いいこと言ってくれたのに今ので台無し!』
『言わねばと思いまして』
『なんなの〜?あ、そうだ、ちょっとカメラ借りていい?』
『?、どうぞ?』

そう言ってカメラをまっすぐに見た彼は佇まいをスッと整えた。

『おれと同じボーダー隊員のみんな、見てる?』

ザワついていたラウンジがしんと静まり返るのがわかった。

『ボーダー関係者だけじゃない。できるだけ多くの人が、この放送見ててくれたら嬉しい。その全員におれの言いたいことが全部伝わるわけじゃないってわかってる。だけど伝えるなら"今"しかない』

気迫に似たものが、画面越しからでも感じ取れる。食い入るように見つめる人だかりは、彼の次の言葉を今か今かと待っていた。

『………、誰もが自分の何かを犠牲にして守ったものがあるのなら、誰にだって平等にその景色が美しいものであるべきだとおれは思う。誰かの犠牲なしにこの世界は回らない。その一端を担って自分のやるべきことを成し遂げることができたなら、きっと自分にとっても世界は美しく見えると思う。今この瞬間が"そう"であるように』

そういって彼はリポーターさんや、自分を取り囲む周囲を見渡した。

言葉とは不思議なものだと思う。それが発言力のある人が言うと、言葉の力という存在を認めざるを得ない。
ドクリ、と一際大きく脈打つ心臓が、画面からそらせない視線が、初めて見る彼の真面目で優しい表情が、自分の中の何かを突き動かしたように、ここにいる奴らにも同じようにそれは起こったはずだ。

実際、真横で彼の言葉を聞いていたリポーターのお姉さんは静かに涙を流していた。それを見てスグ慌てふためく彼に切り替わってしまったのが彼の惜しいところだと思うが、逆にそれでいいのだと思う。

『これ以上ないくらい嬉しくもあり優しい言葉ですね…』
『それでもそれが誰かに突き刺さったのなら、それは間違いなく傷跡になる。そういう意味ではおれという的がいていいんだと思う』
『的、ですか…?』
『善いも悪いも、あってこそだから』

会話もそこそこに喋りながらヘルメットをかぶりグローブをつける彼をカメラマンが慌てて追いかける。
彼が現在愛用している鮮やかなライムグリーンが特徴のバイクに跨ると、それと同時に上空にいたであろうイースが姿を表した。そこが定位置とでもいうように、彼の胸部にべったり張り付く形で動きを止める。

『あ!名字さん!もう行っちゃうんですか!?』
『そろそろ出現予測ポイントを割り出さないと。しばらく街をぶらつくけどみんなはいつも通り過ごしてくれたらいいからね』

ブォン、と心地のいい低音を吹かせると、上げていたシールドをシャッとおろした。後方確認をして片腕をあげて走り去る後姿を、見えなくなるまでカメラがずっと見届けていた。
「かっこいい…すき…」と思わず口から出たリポーターのお姉さんの本音がばっちり音声として拾われていたが、誰もが頷くばかりで非難する者はいなかったのが幸いだ。実際さっきの彼は誰が見てもかなりカッコよかったのだ。

「なぁ米屋…」

食い入るように画面を見つめていた出水が、やたらと真面目くさった顔でこう言った。

「今日の防衛任務、空振りでもいい。俺たちにしか出来ないこと、全部やってやろうぜ」

どうやら感化された奴がここにいたらしい。一人で意気込みやがって…、と思うじゃん?俺も実は同じこと思ってたりするんだよなぁコレが。

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