キースが飲んだくれて帰ってこないのはいつものことだから特に気にしていなかったけど、たまたま自分も外出せずにタワーにいて、たまたまリビングにいたときのことだった。
前触れなく開いたドアに持っていたコップを落としそうになった。ドアのほうへ視線をやると宙に浮いてるキースとその傍らに立つ青年。青年はライラック色の毛先に癖のある髪をポニーテールでまとめあげており、深いアメジスト色の瞳でこちらをじーっと見つめてきた。
しばらく無言で見つめあっていると青年のほうが「あ!」と大きな声を出し、自分でも思いのほか大きい声が出たことに咄嗟に口を覆ったりと慌ただしい動きを見せていた。

「状況はなんとなく察したからとりあえず中に入れば?」
「そ、そうさせてもらうよ。ちなみにキースの部屋ってあっちで合ってる?」
「合ってるけど…」

どういう原理でキースの体が横になって浮いてるのか不思議だったので、青年が勝手知ったる様子でキースの部屋へ向かう背中をなんとなく見送っていた。
どこかで見たことあるような気がするが、自分の彼女のことすらちゃんと把握していない自分が思い出せるはずもなく。

キースの部屋に入った青年はキースの部屋の有様に呆れた声を出して肩を落としていた。浮いたキースをそのままにして青年はキッチンのほうへ行き、何かを漁ったかと思うとゴミ袋を片手にまたキースの部屋へと戻っていった。
多分片付けるんだろうけど、え?っていうかなんでうちのリビングのどこにゴミ袋があるか知ってるわけ?怖ッ。

怪しい者じゃないと思うけど念のため様子を見に行くと、ブツブツ言いながら慣れた様子でせっせとキースの部屋を片づけていた。

「まったく。いい大人のクセしてどうしてこうも部屋が汚いんだ…。酒もなんでこう中途半端に残すんだ?あちこちにあるし…ありえねぇ…」

そう言って次の瞬間、キースの飲みさしでほったらかしていた酒をかたっぱしから全部飲んで空にしていく姿に思わず「うわ」と声が出てしまった。

「!?、ゴホッ!!」
「あ、ごめん」
「ケホッ!いや、こっちこそごめん。今のはさすがにはしたなかったよな。まさか見られてるとは思わなかった」
「よくそんな人の飲みさし飲めるね…。いつのかもわからないのに」
「まぁ酒は好きだし相手はキースだし?」
「そういう問題?っていうか部屋の掃除なんて本人がするべきでしょ?あんたがやる必要はないと思うけど」
「それはごもっともなんだけどさ。せっかくこいつもメンターになってルーキーを導いていく立場になったんだし、同じ部屋に住む大人が小汚くしてるの嫌だろ?毎回やってるわけじゃないから今は大目に見てやってくれな」
「………」

部屋の掃除から寝る場所まで整えた青年はようやく宙に浮いていたキースをベッドへと下した。
そのときに見えた淡い紫色の光を見て、青年同様どこかで見たような既視感に見舞われた。

「君、ウエストのルーキーだろ?」
「そうだけど」
「おれはナマエ。君は?」
「………フェイス」
「おれとキースは飲み友達でさ。ルーキーが来るまでもこうやって酔いつぶれたキースを運んだりしていたからこの先もこういうことがあると思うんだ。あまりにもひどいときはおれの家に泊まらせるんだけどメンターになったからにはそういうことも控えないといけないしさ。ちょくちょくお邪魔するかと思うからよろしくな!フェイス!」
「…ま、キースがどこでどうなろうと俺の知ったことじゃないし。俺は俺で自由にやらせてもらえて楽だからなんだっていいよ」

言い切ってからハッとなる。
あーあ、俺の悪い癖。初対面の人間にまでこういう物言いしてしまうのはほんとやめたほうがいいのはわかってるけど、言ってしまったことを後悔してももう遅い。
バツが悪くなって避けるように視線を逸らすと青年はあっけらかんと笑った。

「アッハッハ!フェイスはクールだなぁ〜」
「…怒らないの?」
「どうして?」
「キースと友達なんでしょ?」
「そうだけど…おれだってこいつがどこでどうなろうが知ったことじゃないと思ってるよ。手助けも助言もサポートも、おれは出来る範囲でしか与えないからさ。それよりもフェイスは怒ってほしかった?」
「そういうわけじゃないけど…」
「怒られても仕方ない言い方をした自覚はあったんだ?」
「………」
「素直でよろしい。なんだかんだ言って優しいなぁフェイスは。そんな君にはこれを渡しておくよ。キースのことでもいいし別のことでもいいから困ったことがあったら遠慮なくおれに連絡してきていいからな」

そう言って無遠慮に渡された名刺を特に断る理由もなかったのでとりあえず受け取った。
何かのエンブレムが薄く印字されたそこには名前と電話番号、エリオス内のヒーローが共通して使ってるアプリのIDが記載されていた。

「じゃあ夜も遅いしおれはもう行くよ。フェイスも夜更かしはほどほどにな」
「あぁ、うん…。ってゴミ持っていくの?」
「だって置いといてもキース捨てるの忘れそうだし。この量だし」

空き瓶が詰め込まれた袋が3つ、空き缶だけでも2つも出たゴミ袋が淡い紫色の光を放つ板に乗せられていた。
やっぱりどこかで見たことがあるその色に口を開きかけたとき、青年はいつの間にかドアのほうまで進んでいて「おやすみ〜」と言いながら手を振って去っていった。

─『素直でよろしい』─

初対面の人間に言われたその言葉があまりにも俺には似合わなくて、それでいてどこか心の中がむず痒くなるような気持ちになった。
渡された名刺をぼーっと見つめながら、無意識に取り出したスマホに青年の連絡先を登録したのは単なる俺の気まぐれにすぎないのだと自分に言い聞かせることにした。

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ヒーローじゃないけどサブスタンス持ちの青年設定

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