2年になって最初のホームルームでしたのは席替えだった。名前順で座っていた元の席からそんなに変わらない位置に移動した俺の後ろは、あの名字名前だった。
バチ、と目が合ったかと思うと淡々とよろしく、と言って席に座った彼を見て、俺も遅れながらにもよろしくと言った。
第一印象は少し無愛想、そんな感じだった。

彼にはいろいろと噂があった。
中学は不良のてっぺんだったとか、舎弟が50人くらいいるとか、喧嘩がめちゃくちゃ強くて未だ負けなしとか、何人もの女性と付き合っていたとか、実家がヤのつく家系だとか…。あげたらキリがないけれど、そのどれもがいわゆる良くない噂ばっかりだった。
火のないところに煙は立たないと言うけれど、俺はそのどれもが本当だとは思わなかった。けど、全部間違いだって言い切れるほど、彼のことを知らないし接点もない。半信半疑、それが一番しっくりくる言い回しだった。

そんな噂があることを本人は知っているみたいだし、たまにクラスメイトにそのことを聞かれているときもあった。それでも彼は否定も肯定もしないまま笑って受け流すから、結局確かな答えが明るみになることはなかった。

だから、そんな彼とまさか、ここまで仲良くなれるとは思わなかった。

「なぁチカ、ここの答えこれであってんの?」
「え?どれ?」
「これ。ここ」
「んー…うん、多分あってると思う。俺もそう書いたし。それよりここは?名前はなんて書いた?」
「勝手に見てくんろ」
「あ、一緒だね。じゃあ問題なさそう」
「んじゃ寝るべ。終わったら起こして」
「いや、ちゃんと起きてろよ。あと15分くらいなんだから」
「だって自習だろ?プリント終わったし暇じゃんか」

そう言った彼のプリントはしっかり答えが埋まっている。ざっと見るからに多分間違いはないと思う。
あんな噂が飛び交っている彼だけれど、4組に席を置いているってことは頭は悪くないほうだ。いやむしろ俺が知る限りかなり良いと思う。
話せば話すほど悪い噂を背負ってる人間にはどうやっても見えなくて、なんだかずっと変な気持ちを抱えたままだ。

「なぁ名前…」
「あー?」

机に突っ伏した彼の頭から、すすき色の髪がさらさらと流れおちる。
染めてもいないそれは蛍光灯の明かりですら反射していてとても綺麗だった。

「お前さ、なんであんな噂出回ってるわけ?聞かれても否定も肯定もしないし」
「………」
「こうやって言葉交わすまで俺もちょっと半信半疑だったけどさ、今ならわかる。そんな奴じゃないって。みんなにだって言い切れる。でもお前の態度があやふやだから俺が否定したって意味ないだろ」
「………」
「なんかそれが…自分のことじゃないのにすっげー悔しいよ」

だってみんな知らない。
彼の書く字が案外綺麗なこと。与えられた課題はちゃんとこなしてるし、空欄もない。変なところで真面目だし、変なとこで几帳面だったりもする。好き嫌いがはっきりしていて妙に発言力もある。朝はいっつもテンションが低くて、昼になるにつれて徐々に上がりだし、帰るときが一番テンション高い。意外と爪の伸び具合を気にするし、やたらと匂いに敏感だ。
あとこれは本人の口からきいたわけじゃないが恐らく虫が嫌いだ。確証はないが彼を見ていて気付いたことの一つだ。知られたら恥ずかしいとかカッコ悪いって思ってるのか知らないけれど、見てると結構バレバレだ。彼のプライドのために一応言わないであげてるけどね。
あとちょっとフェミニストなところがあったりもする。女子全員ってわけじゃないけれど、たまにそういう行動をとったりするから本当にビックリする。何気に甘いものが好きなのも、普段ロック系ばっかり聞いてると思ったら突然アニソン口ずさんでたりするのも、俺より身長が低いことを気にしているのも、全部、みんな知らないんだ。

それが勿体ないって思う反面、心のどこかで知らないままでいてほしいって思ってしまう。
彼のそういうところを把握してるのは俺だけじゃないかもしれないけれど、そんなに多くの人に知られなくてもいいと思ってしまう。
彼の魅力は、極僅かな人達だけが知っていればいい。そんなふうに俺が思っているなんて、目の前の彼が知る必要はない。

もぞもぞと動いてゆっくりと顔をあげた彼は、前髪に隠れたその鋭い切れ長の目を俺へと向けてにやりと笑った。

「チカ。何信じてんのかは知んねーけど、お前が思ってるほどおれは出来た人間じゃねーよ。あんまり気を許さないほうが良いと思うけどな」

彼が言わんとしてることをなんとなく理解した脳内だが、口から出たものは正反対のものだった。

「はいはい。その手には乗りませんのであきらめてくださいね〜」
「はぁ?」
「俺は俺でこの関係が心地いいから今の距離感変える気ないんで」
「………、チッ」

盛大に舌打ちして不貞寝する彼のツムジに人差し指をぐりぐりと差し込んで遊ぶ。
鬱陶しいと口では悪態つくが振り払われないことを良いことに好きなように触りまくる。彼は彼でされるがままだった。

どうあがいても俺が離れていかないことに呆れた彼が、根負けして心を開いてくれるのは案外早いかもしれない。





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