※高尾視点



「あの!名字くん!黄瀬くんと友達ってホント!?」


高校生になってからの5月下旬、休み時間で騒がしい教室に突如として響いた女子の声に、ピタリと周りの音がやんだ。

女子に呼ばれた張本人は一瞬にして教室中の視線を集め、次なる言葉を今か今かと待ち望んでいる目の前の相手に対してにこり、と笑った。それを見てごくり、と誰かの生唾を飲む音が聞こえた気がした。


「なんだ、もうバレたかー。今回はもうちょっといけると思ったんだけどなぁー」
「!、じゃあ!やっぱり!?」
「おう。ホントだけど?ってかいっつも思うんだけど女子の情報網どうなってんの?どこから漏れてるわけ?想像つきすぎてマジこえー!」
「え…、もしかしてバレるとヤバい感じ?」
「いや?全然?むしろキセリョのこと聞きたいならいつでもおれに聞いてきていいぜーみたいな?あ、もちろん女子から金とろうなんて思ってねぇから安心しろな!」


まさかの予想外な展開に、話を聞いていた全員の目が点になったのがわかった。もちろん俺もだし、隣にいた緑間もだ。だって大抵こういうのって嫌な顔したり断ったりするもんじゃねぇの?っていうか男子からなら金とるのかよ。


「え?あ…、え?いいの?」
「なにが?」
「え、だって、私が言うのもなんだけど…こんなウワサすぐに広まるしそれが本当なら黄瀬くんのファンが押し寄せるよ?た、大変じゃない?困らない?」
「え?君、キセリョのファンだよなぁ?」
「え、ファンだけど…」
「キセリョのこともっと知りたいからおれに友達かどうか確かめにきたんじゃねーの?」
「え、うん、そう…なんだけど…ダメ元だったからそっちから聞いてきていいって言われるとは思わなくて…」
「あー、なるほどねぇー」


そう言ってんー、と唸りながら頭をかいて、困惑している教室をざっと見渡した名字は薄く笑って。あ、なんか、今の顔すんげー悪役っぽかったんだけど。


「やー、でもそれって別におれらカンケーなくね?」
「え?」
「君は知りたいことが聞ける、おれは話すのが楽しいから言う。ここの相互関係に大変も困るも何もねーわけよ。君が遠慮する必要はないってこと。おっけー?」
「お、おっけー…?」


そう言って複雑そうに頷いた女子を見て今度は満足そうに笑って。そしてそのままの笑顔を張り付けたままこう繋いだ。


「一番大変なのも困るのも、おれたちじゃなくてキセリョだからさ」
「え…」
「スゲーんだぜ?ちょ、マジ聞いてくんね?おれがべらべら喋ったあと光の速さで本人から苦情の電話殺到でさー!君らすぐ本人に確認しちゃうのか知らないけどさーキセリョの耳に入るの早くてたまんねーよ!マジギレしてやんの。ウケる」
「え…、えっ!?」
「君にも聞かせてやりてーけどちょぉーっと刺激強すぎるかもな!あの今にもおれを殺すと言わんばかりに怒りを含んだ声!普段のキセリョからじゃ想像できないからマジレアだと思うんだけど!いや、ってかマジでこの間殺すって言われたばっかりなんだけどさ!」


けらけらと楽しそうに話す名字とは対照的に、どんどん顔が青ざめていく女子を見て、近くにいた名字の友達であろう友人Aがおいもうそのへんにしてやれ、と止めに入るほど見ていられなかったし聞いていられなかった。

あきらかにそれは笑顔で語る話ではない。名字、おまえ本当に黄瀬くんの友達なの?


「で?君は何が聞きたい?おれなんでも喋っちゃう!」


普段なら喜んで食いつくところだがいかんせんそうもいかなくて。自分の大好きな黄瀬くんが、自分のせいで嫌な思いをしていると普通ならそう思ってしまうだろう。まぁ例外もいるかもしれないけれどさ。

でもここでじゃあ女関係聞きたいな!って言える強者がいたら誰か連れてこい。是非見てみたいものだ。


「あ…えと…す、好きな食べ物とか…かな…、はは…」
「えー!そんな公式プロフィールに載ってそうなこと聞いちゃう!?それ絶対どっかの雑誌で答えてるって!もっとこう、なんかないの?ほら、君らが一番知りたいのってキセリョの女関係でしょ?確かねー今付き合ってる子はいなかったと思うけど…あ!この間駅で告られたって言ってたぜ!しかも私立の超有名お嬢様学校のすんげー可愛い子でさぁー!なんで断ったかっていうとキセリョの嫌いな香水の匂いがプンプンしてたらしいのよ。これはねーわって思ってさすがに断ったらしいんだけどさー。っつかそれだけで断るとかひどくね?あ、ちなみにその嫌いな香水の名前がさー…ん?君、今日もしかして香水つけてたりする?なんかそれ「あああああ!私用事思い出したからもう行きます!ごめんなさいいいいい!」
「え!?あ、おい!ちょ!話の途中なんですけどぉー!」
「お願いだからもうしゃべらないでぇぇぇええ!」


脱兎のごとく教室から飛び出していった女子の背中をえ?なに?もう終わり?今からが面白いのにー、と不満そうに見送った名字は最低としか言いようがない。

こいつに黄瀬くんのことを聞くのは凄くためらわれる。ここにいた誰もがそんな印象を持たずにはいられなかった。

ふと、これはそういう自分を演じて陰ながら黄瀬くんを支えるためなんじゃ、と俺は思った。なんだかんだ言って友達なのには変わりないんだし、友達のためなら最低と思われようがどうってことないって思う男前な奴なのかもしれない。

確かめてもない事実に、名字への好感度が勝手に上がった俺は、この後勝手に裏切られるとはつゆほども思っていないのである。

その日の放課後、さっそく彼のケータイへ一本の電話が入った。


「うお!マジィー!?ちょぉー!キセリョから電話なんですけど!耳に入るの早ッ!女子こわッ!」


キセリョという文字にかなり敏感になったこの教室の人間は、先ほど名字が言っていた苦情の電話が本当なんだと目の当たりにすることになった。

友人Aが、マジで?と問えば、ん、と見せつけられたケータイの画面には確かに"キセリョ"と記されていたらしい。俺の席からじゃ見えない。ホークアイを使っても見えない。

いやしかし名字の言うとおり本人の耳に入るのがありえないほど早いことに俺はビックリだ。うん、マジ女子こえぇ。ってか名字も大概なんだけどな。

やだなーとりたくないなーマジギレされるの目に見えてんだよなー、と文句を言う名字に、じゃあ言わなければいいのでは、と誰しもが思ったが誰一人としてそれを口に出すことはなかった。

しばらく出ることをためらっていた名字はニヤリと笑って電源ボタンを押した。通話拒否、強制終了である。マジでか。

え、と周りが固まっていると、すぐにまた着信音が鳴って。画面を見ながらニヤニヤ笑う名字は大変気持ち悪いものではあったが、勇気を出して友人Aが出ないのか?と言った。


「まぁ見とけって!おもしれーから!」


何が面白いのか俺にはさっぱりわからないが、そう言ってまたもや電源ボタンを連打し強制終了した名字に対し、俺の後ろにいた女子が黄瀬くん可哀想、とポツリとこぼした。まったくその通りである。

それでもめげずにまた着信音がなるケータイを見て、お願いだから出てあげて!と願わずにはいられない。そんな俺たちの心情を知ろうともしない名字は、3回かかってきたときはマジギレしてる時ー!と笑いながらようやく通話ボタンを押してくれた。

それを見て全員が安堵の息をもらしたのが目に見えてわかった。なんか無駄に神経使っちゃって試合に出たときとはまた違う疲労感が襲うんだけど!

電話にでた名字はとても今から怒られるとは思えないほど嬉しそうな顔でもしもーし!と話し始めた。もう名字謎すぎる。あいつヤバイ。


「なんだよ〜そんな怒んなって!別にたいしたこと言ってねーよ!え?言うなって?そりゃ無理な話っスよ黄瀬クーン、あ、ちょ、そんな耳元で怒鳴らないでくれる?よく聞こえないから」


名字の一挙一動になぜかこちらがハラハラしながら事の成り行きを見守るなんておかしな話だ。おかげでこっちはなかなか部活に行くに行けない状況が続いている。放課後になったというのにうちのクラスはまだ次に授業を控えているかのような人数の多さだった。

緑間も、普段ならくだらんとかなんとか言って真っ先にスタコラ教室から出て行きそうなのに、今回ばかりは相手が黄瀬くんなだけにかなり気になってるようで。帰る準備をしていた動作が止まりっぱなしだ。ウケる。

電話をしながら名字がちょいちょい、と友人Aを呼び、ケータイへと顔を近づけさせた。そこから漏れる黄瀬くんの声を聞いたであろう友人Aは、すぐにぱっと顔を放し、ほんとにマジギレしてる…と囁いたのだ。え、マジで?っつかそれ俺が聞きたい!


「な?おもしろいだろ?」


電話を続けたまま青ざめた友人Aにそう言った名字に対し、電話の向こうで黄瀬くんがおもしろくねぇよ!ふざけんな!と叫ぶ声が微かに聞こえた。うん、なんか…黄瀬くんどんまい!マジで!

それでも笑顔で話し続ける名字を見て、なんだか急に黄瀬くんに対して同情するというか、何か一言ねぎらいの言葉をかけてやりたくなった。

女子にモテてスカしたキザな奴だって男子からのウケは決して良いとは言えなかったが、今のこの出来事を目の当たりにして確実に親近感がわいたのは言うまでもない。あぁ、あの何もかもパーフェクトなモデルも相当苦労してんだなぁって。


「あっはっは!なんか電話だとあれだから会って話さねぇ?そのお綺麗な顔が般若みたいになってるの久々に直で拝みたくなったんだけどー!え?なに?もー!死ねとかそんな物騒なことほいほい言わないのー!おれが死んだら寂しいくせにー!え?逆に清々しい?キセリョってばツンデレ属性か!って、ちょ、マジで耳元で怒鳴らないでくれる?ほんと何言ってんのかわかんねーから」


逆に名字への好感度はもっぱら急降下中だ。こいつマジでただ黄瀬くん怒らせて楽しんでるだけだわ。友達のために嫌な役を引き受ける男前でもなんでもなかったわ。

とりあえず、今度試合かなんかで黄瀬くんに会ったときは愚痴でも聞いてあげよう、なんて。俺がそんなふうに考えちゃうってことは、俺以外のみんなも似たようなこと考えてるに違いない。

ここにいる全員が黄瀬くんのことを心から頑張れ!と暖かい目で見守ることになろうとは、名字も、ましてや黄瀬くん本人も絶対に気付いていないのだよ。なんつってな。

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