抱きしめられた腕のなかは驚くほど温かく、しばらく忘れていた人の体温を思い出した。清八さんの優しさが傷に沁みて痛くて。でも嫌いな痛みじゃない。生きているという現実に、清八さんに会える喜びに、この一瞬の幸せに、私の涙腺は蓋を外した。
嗚咽混じりに呼ぶ彼の名前に、清八さんはただただ腕の力を強めるだけだった。このまま絞殺されるのもいいかもしれない、なんて。そんなことを考え出す私の脳内で「頭沸いてるね」と利吉くんは冷たく笑うのだった。

私がこんなヘマをした理由、利吉くんは知ってるけど絶対に口外はしないだろう。もしかしたら山田先生や土井先生、学園長先生あたりには言ってるかもしれない。
忍び込んだ先で、加藤村を潰すという会話を耳にした。そこからの記憶は薄い。加藤村、馬借、潰す、真っ先に頭に思い描いたのは清八さんの顔だった。
ただひたすらに人を殺してはそんなことさせない!と叫んでいた気がする。そして気付けば忍術学園の医務室で寝かされていた私。あのときの利吉くんの怒りようは尋常じゃなかったなぁ。

こんな話、清八さんや団蔵くんは知らなくていい。すべて私の独断で行ったことなのだから。そんな会話がされていたことなど、する奴がいなくなった今わざわざ掘り返す必要もない。知らなくていいんだ。この話は、私が墓場まで持っていくのだから。

「清八、さん」

腕から離れて清八さんを見上げれば、不思議そうな顔でこちらを見ていた。世の中の汚いものをまだハッキリと映し切れていないその目がとても綺麗で、ああ、やっぱりこの人と私じゃ住む世界が違うのかと改めて思った。けれど清八さんが言ったあの言葉が本当なら、私も人としての人生を歩むことができる。

「本当に私のこと、綺麗だと思いますか?」
「名前、さん?」
「私、凄く凄く汚いんです。清八さんが思ってる以上に、私は汚れています」
「え、どういう…ッ!」

ドサリ、と音を出して清八さんを押し倒した。馬乗りになるように清八さんの上にまたがると、これでもかっていうくらい顔を真っ赤にして焦りだす清八さんに、私は出来るだけ妖艶に笑う。ぐっと顔を近づけて耳元にこもるように声を吐けば、ビクリと反応する清八さんの体。

「こうやって、色を使えば誰でも落ちるんですよ。その気になれば、清八さんだって落とせます。私はこうやって、乗り越える忍務もあるのです。それを理解したとして、まだ私を綺麗だと言えますか?」

意地の悪い問い方だと思う。清八さんを困らせているのもわかってる。それでも私は、忍びである自分の気持ちを誤魔化せないのだ。

「…名前さんの色で落ちる人の気持ちがよくわかります。こんな風に貴女に迫られると落ちない人はいないでしょうね。忍者のことはよくわかりませんが、どんな貴女も、私の目には美しく映る。きっとこれが、惚れた弱みなんだと思います」
「清八さん…」

曇りのない瞳に、混じりけのない言葉。どんなに足掻いても、どんなに自分を蔑んでも、清八さんから発せられる言葉はいつも私の胸にすとんと落ちてくる。私が欲しい言葉を、何故知っているのですか。

「名前さん。貴女より弱いかもしれませんが、私も男です。この状態が続くと、流石にちょっと、理性が持ちそうにないのですが…」
「そんな馬鹿正直に言わなくとも、強引に襲ってくれて構いませんよ?」
「け、怪我人相手にそんなことしません!傷つけたくないから、慎重なんです。私に愛されてる自覚がないでしょうけど」
「そんなの、清八さんだって人の事言えませんよ?」

私に愛されている自覚なんてないでしょう?と言ったらほら、顔を真っ赤にして困惑する清八さんに、これでもかと笑ってやった。



狼さんわたしを食べて

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