馬借の仕事で忍術学園へ行った帰り、いつもの茶屋で休憩をしていた。苦みの残る熱いお茶を飲みながら、ついさっきまでの出来事を思い出す。
忍術学園に行くと丁度そこに利吉くんがいて、私の顔を視界にいれるなり眉を寄せ少し嫌な顔をした。それを不思議に思っていると利吉くんが近付いてきて、呆れたように言い放った。
「清八さん。あの馬鹿どうにかなりませんか?」
「え?あの馬鹿って…?」
「名前ですよ名前。恋仲なのでしょう?」
「な!なんでそのことを!」
「もっとしっかり繋ぎ止めてください。それと、あまり甘やかさないでいただきたい。仕事がおろそかになるほど惚気られてはこっちが困りますので」
「ええ!?惚気!?す、すみません利吉くん!」
「しかし…清八さんも物好きですね。私には彼女の良さが全くわかりません。というかまず女として見てません。なので心の底から安心してくださって構いませんので。ただ仕事をするにはやりやすい相手なのでそこは一目置きますがね。本当、皮肉なものです」
確かに、名前さんと仕事をしている利吉くんからすれば、彼女の汚い面も見てきたのだろう。自分の知らない名前さんの顔を幾度となく記憶するだろうけれど、作り物じゃない名前さんの本当の表情は、きっと私しか知らないはずだ。
「利吉くんはそう思うだろうけど、やっぱり私は名前さんが好きです」
「…まぁ、清八さんがそう言うなら私は何も言いませんけどね。それなりに幸せにしてやってください。結ばれずに消えていった同士達の分までね」
そう笑って利吉くんは帰って行った。
その背中を黙って見送っていると、入れ違いに来た若旦那に「名前さんとは順調?」と聞かれ答えに戸惑った。結局答える前に友達に呼ばれ若旦那は去って行ったから言わないで済んだのだけれど。
「順調かって聞かれてもなぁ…なんて答えれば…」
「なにが?」
「いや、名前さんとのことなん…え?」
「私がなに?」
「名前さん!?」
突然現れた名前さんに驚いてお茶をひっくり返したのは言うまでもない。それを見て悪びれもなく楽しそうに笑う名前さんに、言い返す気など失せてしまった。彼女がこうやって笑ってくれるなら、なんて惚れたら負けとはよく言ったものだ。
「それで、私がどうかした?」
「それが…実は今日忍術学園で…ッ…!?」
さっきの話をするさい、ふと隣に座る名前さんを見て、一番最初に目に入ったのが隠れてるようで隠れていない紅い跡。この間の金閣寺での罰あたりな行為を思い出し、一瞬で顔が熱くなった。
あの時、結局理性を抑えきれずに怪我で療養していた名前さんと最後まで事を進めてしまったことを何度後悔したことか。しかもお寺で。絶対和尚さんに気付かれてるし、顔を合わせるのも気まずい気まずい。名前さんは平気だと笑っていたが、私は全然平気ではない。
今でも鮮明に思い出せる、見下ろした先にある名前さんの表情。妖艶に吐く息と声は自分の理性を狂わせるのに申し分なく、彼女と繋がれることが嬉しくて、無我夢中で抱いたのを覚えている。それを思い出しているのがわかったのか、名前さんはクスリと笑って。
「罪は二人で背負ったほうが軽いです。今度、仏様に謝りにいきましょうね」
「そ、そうですね…あはは…」
なんだか恥ずかしくなって名前さんとも顔が合わせられなくなって。ずっと前を向く私の肩に、小さな重みが与えられた。不思議に思いそちらを向くと私の肩に頭を乗せてゆっくりと呼吸する名前さんがいた。
閉じられた目の下におちる睫毛の影に、すっと伸びた鼻筋。薄く開く口からは気持ち良さそうな呼吸が聞こえる。ふいに開いた瞳が上を向きバチリと視線が重なって。照れたように笑ってまた眠る名前さんのおでこにできるだけ優しく唇を落とした。
膝の上で握られたお互いの手が、こぼしたお茶の温度とよく似ている気がした。名前さんから離すことはあっても、自分からは絶対に離すことのないようにと、利吉くんにも言われた通りしっかり繋ぎ止めておこうと心に誓った昼下がりだった。
眠る美しさよ永遠に
ALICE+