ナマエ!と名が呼ばれるのと同時に口の中に広がる生臭さ。鼻に通り抜ける塩コショウの香りとミディアムに焼かれた肉の塊でこみ上げてくる吐き気をぐっと抑え込んだわたしを誰か褒めてほしい。
そんなわたしの心情を知らない彼は目が眩むほどの清々しい笑顔でうめーだろ!なんて同意を求めてきたが、それに対し眉間に思いっきりシワを寄せてじっとりと睨み返した。
っていうかいつの間にわたしの隣に来ていたのか。さっきまでお誕生日席にいたはずなのに…。

「ルフィ」
「なんだ?」
「これあげる」

そう言って彼の口にそれを送り返した。ふが、と言いながらも少しかじった彼はいつもならそうか?と言って結局は全部食べてしまうのだが何故か今日は少し違ったのだ。
だめだ!と言いその少しかじられた肉をもう一度わたしの口にねじ込もうとする。明らかに力の差がある女子にすることじゃない。鬼畜極まりない。これなんてイジメ?

「やめろ!いらない!」
「だめだ!食え!」
「ルフィが食べなよ」
「そうしたいけどだめだ!」
「なんでよ」
「お前全然食べてねーじゃねーか!そんなんじゃ倒れるぞ!」
「まだ倒れてませ〜ん」
「そんなんじゃ倒れるぞ!?」
「なんで今二回言われたの?」
「肉を食え!肉を!うめーから!」

珍しく引き下がらない彼に逆に困惑する。こんなにも彼が必死になるようなことが最近あっただろうか?ここ数日の記憶を思い返しても心当たりがまるでない。

「とりあえずソレはいらない。欲しかったら自分でサンジくんにもらいにいくし」
「だめだ。おれのを食え」
「だからいらないって」
「認めねェ!」
「もうやだ。だれかルフィとめて」
「いいから食え!」
「これなんてイジメ?」
「船長命令だ!」
「だれかたすけてくださいほんとお願いします」

切実なわたしの願いも虚しく、なんで食わないんだよ!と怒りだした彼にいやこっちが怒りたいよ?
そしてなぜ誰も助けてくれないのか。我関せずともくもくと自分のご飯を食べるみんなを恨めし気に見渡すが誰一人としてわたしと目が合わない。え?もしかしてわたしクルー全員から嫌われてる?
悲しいやら怒りたいやら気持ち悪いやらで食べる気が失せた。それはもう完全に失せた。サンジくんには悪いけど今日のわたしは怒りマックス大魔神だ。

「あ!ナマエ!どこ行くんだ!まだ話は終わってねェ!」
「わたしは終わったとみなしました」
「!」

低い声で敬語になったわたしの空気を感じ取ったのか、さすがの彼も少したじろいだ。でも肉を食べさそうとする姿勢は依然として変えようとしない様子に頑なになる理由があることもなんとなく悟った。

「わかった!一口でいいから!」
「………」
「な?一口でいいから食えって!」
「………」
「一口!」
「………」
「な?」
「…ほんとに一口食べたら許してくれるんですか?」
「おう!許す!だから食え!」

目の前に差し出されたもう冷めきった肉の塊に、美味しそうというよりかは無理って感情のほうが勝っている。
別にサンジくんの作る料理がまずいって言ってるわけじゃない。サンジくんの料理はそれはそれはとてつもなく美味しいって本当に思うのだが、わたしはどうしてもこの肉の塊が苦手なのだ。

初めこそはみんなに勧められて食べてはいたが、あまりにもわたしが顔を歪めて今にも死にそうに食べるものだからこれは重症だとみんなは理解してくれた。
それからはわたし用と言ってサンジくんがお皿にミンチのように細かくしてくれた少量のお肉を出してくれるようになった。わたしはそれで本当に十分だった。
もちろんずっとこんな感じできていたから彼もわかってくれているとは思っていたんだけれど、今日はやけに食いついてくる。ほんとになんなんだ。今日ほどしつこいのは特に珍しい。

渋々感を全体的に出しながら差し出されたお肉をカプリと一口。ハムスターがかじったようなほんの小さなかけらでも一口は一口。文句は言わせない。

「(わー、お口の中が肉の味しかしない)」

本気で泣きそう。いやもうすでに涙の膜が張っている。飲み込むタイミングがわからなくて今にも吐きそうだが、わたしが食べたのを見てパっと顔を輝かせたルフィの手前、吐くに吐けない。
しょうがない。頑張って飲み込もう。そんですぐ甘いものを食べよう。

ちょっと気を抜いたら今にも吐きそうで涙目になっているわたしを見て、彼はにっこりと笑った。

「これで安心だな!」

そう言ってわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた彼は、彼の100分の1程の一口で食べたわたしを見て満足したのか残った肉をぺろりと平らげてすたこらさっさとお誕生日席に戻っていった。

泣いていいかな?と思ってると一部始終を見ていたくせに全然助けてくれなかったロビンがくすくすと上品に笑っていた。わたしからすれば全然笑えないしどこにも笑う要素はない。

「愛されてるわね」
「どこが。肉だけに憎たらしい笑顔でしたよ」
「そう言わないで。みんな貴女を心配してるのよ」
「心配〜〜〜?この元気いっぱいのナマエちゃん様のことを心配ですって?」
「ちゃんと栄養を取らないと倒れてしまうと心配した心優しい船医さんに一番納得していたのが彼だったからね。それに貴女、実際減ったでしょう?」
「………あんのクソまりも」

一瞬にして先日の重しとして強制参加したトレーニングの時に言われた言葉がフラッシュバックした。そして湧き上がる殺意。普段滅多に言葉を発することのないヤローのくせにこういうときだけ口が軽いのはどうかと思うよ!?
思わずクソまりもを睨みつける視線に本人が気づいたはいいが、悪びれもなくニヤリと笑われて再び怒りマックス大魔神が降臨しそうになった。

「愛されていることをもっと自覚することね」
「愛が重すぎるよ。もっと軽くしてくんないと潰れて死んじゃいますぅ」

トイレに行ってもどそうと思っていた考えを一旦捨てて、まずはチョッパーにわたしは大丈夫だと説得しに行かなくては。体重の件も周知の事実になっていたからみんなルフィの奇行に口を挟まなかったのかもしれないがあれは普通に地獄だったぞ?
まぁ、嫌われていたわけではなかったってことが唯一の救いだったかもしれない。ここのクルーに嫌われたらそれこそ死んでしまいそうなほど寂しいことだから。みんなの憂いが少しでも晴れるよう努力はしたいと思っているが、今日みたいな強行突破だけは心臓に悪いのでやめていただきたい。

そんなわたしを見てまたもロビンが上品に笑った。だから、笑う要素がどこにあるのかって話。

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