今日はサンジくんから少しの間キッチンを借りて幸せタイムを噛み締めている最中だ。
シャカシャカと泡だて器が良い音を奏でながら、鼻をくすぐる甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで吐き出す。あぁこの上ない至福の時間…。
キッチンのすぐ近くにあるテーブルで地図やら海図やらログやらと睨めっこしている彼女を横目に、わたしは3段ケーキを作るべく奮闘していた。いつもならサンジくんがパパッと作ってくれるのだけど、今日は彼が食材を買うために外出中しているため、船番として残ったわたしがケーキを作っているのだった。たまにはこういう日があってもいい。
基本的には食べる専門だが、お菓子に関しては作ることもできるため、時々こうしてサンジくんが使わないときにキッチンを借りることもしばしばある。クルーからしたらそれは見慣れた光景の一つになっているはずだ。
「ちょっとナマエ。作るのはいいけど少し換気してくれない?」
「なんで?換気したら匂いが逃げちゃうじゃん」
「その甘ったるい匂いのせいでちょっと気持ち悪いんだけど」
「えッ!?こんな幸せな気持ちで満たされる匂いの中で気持ち悪い!?」
「いいから!換気!」
逆らうと怖いので渋々動くわたしを見て、彼女はやれやれとため息をついた。窓を開けた途端一斉に逃げていく匂いに、わたしも思わずため息をつきそうになった。
もう一度作業に没頭しようとする彼女のとなりに座り、手元の資料を覗き込むが何がなんだかさっぱりわからない。わたしの視線に気付いて顔をあげた彼女はどうしたの?と聞いてきたけど特に理由はないので首を横に振った。
「今日は珍しく寝ないのね」
視線をテーブルに戻した彼女は、隣にいるわたしへ言葉を投げかける。それもそのはず、みんなが普段起きてる時間はわたしにとって眠る時間だから。
「ケーキ食べたくなったからね」
「どういう理由よ…」
「大事な理由だよ?」
そろそろ冷やしていたスポンジもクリームも良い頃合いだろうと冷蔵庫へ行くわたしの背中に彼女が続けて言葉をはなつ。
「どうしてナマエはいつもそんなに眠たいの?」
なんて今更な質問。思わず振り返った先にいた彼女の視線はこちらを向いておらず、作業をしながらの会話だった。
「昼間にずーっと寝てるかと思えば夜はずーっと起きてるし。完全に昼夜逆転してるわよ」
「まぁまぁ。不寝番役がいればみんな安心して眠れるでしょ?」
「そりゃそうだけど…夜寝ることって大事なのよ?」
「うーん…」
「それにずっとナマエに不寝番させるわけにもいかないし」
「えー?全ッ然大丈夫だけどなぁー?」
「それとも夜に眠れない理由でもあるの?」
一段、また一段とスポンジを乗せクリームをコーティングしていくわたしの作業を見ながら彼女が核心をつく。いつもいつもうまくはぐらかしていたことをこうやって二人きりのときに責められるとは思わなくて油断した。
別に隠しているわけじゃないのだけれど、なんて説明したらいいのかわからない。自分のことをうまく話せない。話したとして、一人一人捉え方が違うことを当たり前だとわかってはいてもそれがとてもめんどくさいと感じてしまう。
心配されるのはいやだし迷惑をかけるためにこの船に乗ってるわけじゃないし、わたしはただみんなとこうやって過ごせたらそれでいいし。悲しいことも辛いこともみんなとなら大丈夫っていう気持ちはあるのだけれど、それとわたしの話とはまた別であって。
これを言うときっと全員から怒られるってわかってるから、わたしはいつもうまく言えないのだ。
それでも彼女の今日こそは吐かせてやる、という視線がちくちくと刺さって痛いのなんのって。
「ずーっとこうやって生きてきたから今更変えられないだけだよ」
「なんでそう生きてきたのか聞いてるんだけど?」
「う…、それって言わなきゃもうこの船にはいられない?」
「…、そういうことを言ってるんじゃないわ」
「わたし、みんなのこと大好きだよ。だからまだ離れたくないのが本音」
「話すと私たちから離れていくっていうの?」
その言葉に対して肯定も否定もできなかった。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。全てはもしもの話なのだから。
「ごめんねナミちゃん。わたし、この船に乗れて、ナミちゃんたちに出会えて幸せだと思ってる。これ以上の幸せはいらない。それ以上は求めたくないの」
全部話せなくてごめんね。いつもはぐらかしてごめんね。本当のこと言えなくてごめんね。不安にさせてごめんね。こんなわたしのことを考えてくれてありがとう。
「ナミちゃん。ケーキ、一緒に食べてくれる?もちろん全部はあげられないけど」
「全部なんていらないわよ!太らせる気!?」
「大丈夫。ナミちゃんもうちょっと太っても全然許容範囲内だよ」
「あんたの許容範囲なんて知らないわよ!…、まぁでも、食べてあげるわ。あんたのことだからどうせクソ甘く仕上げてるんでしょうけど」
そう言って机の上にある地図やら定規やらを片づけ始めた彼女に、わたしはちょっとだけ泣きそうになった。
もう聞かないであげる、と言った背中にわたしは深く感謝したけれど彼女が諦めた様子が欠片も見当たらないのがとっても怖いよマジで。
「#name3#、覚悟しとくのね。私たち、どれだけ時間がかかろうが何が何でもあんたが抱えてる全部を聞き出してやるんだから…!」
最強に敵わない強敵は最愛の味方の中にいたのであった。それさえも幸せだと思えるあたり、わたしも重症だなぁと思う。
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