※劇場版Qのカヲルくん
「ピアノが欲しいんだけど…」
少し困ったように要求された内容は別段難しいものではなかったけれど、ただ今この周辺にそれがあるかと言われると…、まぁないわけで。用意するとなると困難を極めるものだった。
それでも何もないこの状況に何か変化を加えるとしたら、何が何でもそのピアノを託してあげたい気にもなった。
「少し時間がかかるだろうけど、それでもいいなら手配しておこうか?グランドピアノだよね?」
「!、いいのかい?」
「欲しいんでしょう?」
「うん…、じゃあお願いできる?」
「畏まりました」
「………、あり「ストップ」え?」
「手に入るかどうかわからないから、お礼は貴方に渡せてからにしてくれる?」
ぽけ、と面食らった表情をしばらくわたしに見せていると、ふいに笑って。おかしいね、と言うのだった。
「どこかおかしかった?」
「そういう意味で言おうとしたんじゃないんだ。ただ、手に入るか入らないか、そういうことよりも希望を聞き入れてくれたことに対してのお礼のつもりだったんだけど…まさかそれを断られるとは思いもしなかったよ」
「そう…」
「リリンは不思議だね。いや、リリンというより、君が不思議なのかもしれない」
何を言う。一番不思議が似合う存在のくせに。こんな一般市民であるわたしのほうが不思議?
おかしいことを言っているのはそっちのほうだなんて、視線で言ってみてもなんのその。柔らかい笑みで返されてしまっては言葉にしようがない。
「ねぇ、ピアノが僕のもとにきたら、君に一曲プレゼントしたいんだけど何かリクエストはあるかい?」
「なぁに?弾けない曲はないっていう嫌味?」
「え?嫌味…?………もしかして、今の言い方どこか間違ってたかい?」
「(皮肉が通じないとは困ったものだなぁ)………、なんでもない。そうだなぁ、リクエストかぁ…」
もう一度自分の言葉を言い直してどこにわたしのいう嫌味があったかを考える姿に、なんだか本当にわたしと同じ人間のような気がした。
それでも彼は違うのだと、碇指令の言葉を脳内で巡らせながら、リリンではない彼の人間らしい姿をこの目に焼き付けていた。
碇指令のご子息を待つこの退屈な時間を、わたしは確実に歳をとっていくのに対し、彼の時間は止まったまま。それが呪いのせいなのか、リリンではないからなのか、理由はどっちでもいいけれど。
それでも来るべき終わりに向けて、わたしはわたしの与えられた仕事をこなしていく。
そう、終わるのだ。この世界は。どんな形であれ、この世界は一旦終わって、また生まれ変わるのだ。そのための準備であり、期間であり、待機なのだ。
その終わりを、わたしはきっと彼と見ることはできない。
わたしは碇指令のご子息が来るまでの"繋ぎ"だから。レイのような代用品ではなく、リリンとして人工的に延命装置をつけながらのお仕事。わたしの命の期限は碇指令が握っていて、生きるも死ぬもわたしは碇指令次第なのだ。
そんなわたしに彼は曲をプレゼントしたいと言ってくれた。わたしのリクエストを受け入れると言ってくれたのだ。
そういうことに疎いわたしは、咄嗟に出てくるものがなくて。それでもふと、頭の中に浮かんだメロディは、悲しくて切なくて酷く美しい旋律だった。この作曲家はバカなわたしでもわかる。
「ショパンのさ…えっと、曲名忘れたんだけど…」
「いいよ。適当に何か言ってみて。当ててみせるから」
「なんか、悲しいけど、綺麗で…、有名なやつ、だったと思う…。透き通る水のような、それでいて沈む息苦しさがあるような…、心臓がぎゅうってなるような…」
「………」
「さすがにわかんないよね」
「ショパンの練習曲作品10第3番ホ長調」
「え?」
「みなが別れの曲と覚えているものだよ」
「別れの、曲…」
「それがリクエストかい?」
うん、と頷く前に、フラッシュバックのように見えたのは繰り返される終焉に、いつも現れる彼の立ち姿。
オーケストラの演奏のごとく、シーンに合わせて強弱をつける音はだんだんと音量を増して。鼓膜の奥で響き渡るそれに、どういう理由なのか、涙があふれて止まらなかった。
泣くにはまだ早いよ、と告げられた言葉の真意は、きっとわからないままでいい。
Will you not redo?
この世界を最初から。
その為の槍なんでしょう?
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訳:やり直していただけませんか?
エヴァを書くと意味不明になるマジック
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