「ナマエはエレンが嫌いなの?」
「そういうハンジは好きなの?」


質問を質問で返されて、私は若干眉をひそめた。それを見て彼女は意地悪じゃないから、と苦笑いした。


「私は結構好きだよ」
「ふーん」
「本当だよ?」
「別に疑ってないけど?」
「返事がおざなりだった!」
「そりゃ失礼。読書中なもんで」


そう言って彼女は持っていた本を興味なさそうにぺらりと一枚めくった。活字を追っているのか、彼女の目が左から右へと動いていく。その流れの中でただ、と小さく声を発した。


「ハンジはエレンが巨人になれる人間だから好きなんでしょ?」
「それも一理ある!」
「むしろハンジに関してはそれしかないと思うんだけど」
「なんでさ?」
「巨人になれないエレンなんて、ただの暑苦しくて鬱陶しいクソガキじゃん。ハンジそういう子好きじゃないでしょ?」
「………、まぁ、確かに…?」
「巨人になれる要素が全てを帳消しにしてるだけでそれはエレン本人を本当に好きとは言わないと思うけど」


多少なりとも的を得た発言をした彼女の言葉を脳内で繰り返しながら、彼女がエレンをどういうふうに見ているのかがよくわかった。暑苦しくて鬱陶しいクソガキ。彼女の中でのエレンの位置付けなんだろう。
けれどこんなことを言っていても嫌いではないと言う。だからといって好きでもないらしいけど。普通そんな人間のために自分の命をかけれるだろうか?否。理解され難い行動だけれど、彼女はそれをやってのける。
死なせたくない、ただそれだけの理由で。それを好きと言わずになんて言い表したらいいのか私には分かりかねる。


「じゃあさ、エレンの好きなところを教えてよ」
「は?ないよ」
「即答!?好きでも嫌いでもないのは知ってるけど!一個!一個でいいから!」
「えー…、んー…、やっぱないって」
「それはさすがにマジで可哀想だって。何か一つ!強いて言うならここってとこあるでしょ!?」
「なんでそんなに必死なの?」
「私が知りたいから!」
「わお、ハンジらしい」
「ありがとう!」
「どういたしまして」


そうだなぁ、とこれまた興味なさそうに彼女は本を読み続ける。一枚、二枚、とページがめくられるのを眺めながらもしかして質問忘れてる?と催促しようとしたときだった。淡々と落ち着いた声色で一言。


「強いて言うなら、顔かな」


それはウォールマリアを突破された時の衝撃に近かった。
一瞬、間があいた。私が返事や反応をするのを忘れていたからだ。いや、したくてもできなかったというほうが正しい。あまりにも衝撃的で、脳が理解するのを拒み、考えることを放棄したから。
でもそれはほんの一瞬の話であって。私はすぐさまいつもの調子を取り戻した。そんな私を前に、彼女はいつも通りの静かな佇まいだった。


「えっ!?顔!?顔って、この顔だよね!?」
「ん?あーそうそう、その顔で合ってるよ」


自分の顔部分である場所を指でぐるぐると囲みながら彼女に問えば、大正解、と真顔で返された。


「ナマエってエレンみたいなのがいいんだ?まぁ幼さは残るけど顔は良いほうだもんね。間違いなく不細工じゃないし。あれが二十歳くらいになったらもっと大人びてかっこよくなるんだろうけどそれまでエレンが生きていればね〜!」


あまり多くを語らない彼女の意外な一面を見れた気がして、私は本当に嬉しかった。だからこのことをエルヴィンやリヴァイあたりにも言ってやろうと考えながら、もう一度エレンの顔を思い浮かべた。
強いてあげるなら、で飛び出した場所が顔だなんて、好きでも嫌いでもないとか言っておきながらやっぱりエレンのこと好きなんじゃん。自分は嫌われているって思っているエレンにもこれは言ってあげたほうがいいと思う。きっとビックリするだろうけど喜ぶんだろうなぁ、なんて。
そんなことを考えていたからきっとものすごくニヤニヤしていたんだろう。彼女が呆れたようにため息をついて顔が気持ち悪い、と暴言を吐いた。


「言っとくけど、ハンジが思ってるような意味じゃないからね」
「え?なになに?もっと愛がある感じ?」
「変な方向に勘違いしたまま兵長たちに言いふらされるのは困るから訂正ついでにちゃんと理由を言ってあげるよ」
「べ、別に言いふらしたりはしないよ〜!」
「どうだか。ハンジの場合、最悪本人にも言いかねないし。先に釘さしておかないと」
「………。ナマエったら鋭いね。だから大好き」
「あら、ありがとう」
「どういたしまして!」


まだ最後まで読み切っていない本を、しおりも挟まずにぱたんと閉じて、エレンの顔を思い出しながら話し出した彼女に、私は耳を傾けた。


「なんていうか、好きって言葉で表す理由じゃないと思うけど…あの悲壮感っていうか、絶望が似合う顔が良いのかも」
「…は?」
「エレンに幸せって言葉が一番似合わないように、ましてや満面の笑みなんか絶対見たくない」
「へ?」
「苦しんでもがいて必死になって抗って、そういう表情が一番似合うし、まさしくこの世界はあの子の為に作られた舞台だと思ってる」
「………」
「死んで欲しくないって思ってるのは本当。だって、エレンが死んでしまったらこの世界はどうなるの?また振り出しに戻るんだよ。あの子がいて、初めてこの世界が出来上がって、そして崩壊していく。その様を見届けたい。結局わたしが望んだ終わりにならなくても、最後まであの子を生かし続けることに意味はある。わたしの中でだけど」
「ナマエはなんで、エレンがこの世界の中心だって思ってるの?まるでお伽話の主人公みたいにさ」
「んー…、それはエレンがこっち側の人間で巨人になれるからじゃないかな?」
「つまり巨人になれてなかったらそういう対象にもなってなかったってこと?」
「うん」
「ナマエ…、それってさ…」


彼女は最初に私に言った。


"巨人になれる要素が全てを帳消しにしてるだけでそれはエレン本人を本当に好きとは言わないと思うけど"


つまりはそういうことで。結局のところ、彼女が答えてくれた理由は私が本当に望む答えではなかったわけで。結果、巨人になれることを差し引くと、私も彼女もエレンのことを好きではないってことになってしまう。してやられたよ。


「それならさ、もっとちゃんとエレンのこと見ていこうよ。巨人になれること以外の理由で、好きだって思える場所を探してみない?」
「心底どうでもいい。けど、ハンジが私より先に死ななかったら一緒にやってあげるよ」
「言ったね!?約束だからね!?」
「はいはい、指切りげんまんですよ」
「よぉーっし!これでまた一つ死ねない理由ができた!覚悟してよナマエ!こうなったらとことん生き延びてやるから!」
「うん、期待してるよ」


ようやく柔らかく笑った彼女は、先ほど閉じた本をまた読み始めた。それも最初から。初めからしおりを挟む気はなかったみたい。



どうか、彼にやさしい世界であれ
少しでもそう願ってしまうのは、あまりにも私たちが酷すぎたから。

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