「雪が降るとキッドはどうなるの?」
誰もいないビルの屋上で、彼女は言う。
都会には珍しく雪が降ってはいるけれど、残念ながらこれは積もる雪ではない。明日の朝か、早くて深夜には止むであろうそれを見ながら、彼女ははらはらと落ちる雪を手にとっては溶かしていた。
「どうなる、とは?」
「消えちゃいそうだね」
「私が?」
「跡形もなく、痕跡も残さず、人知れず、消えちゃいそう」
「それは…、死の宣告ですか?」
「だって真っ白だし」
雪が降るくらいだから気温はやはり寒くて。それなのに彼女の服装は酷く薄着に見える。
彼女の胸元につけられたバッジからは、下からの声がガヤガヤと響いていて。その中に混じる彼の声に反応を示す様子は微塵も感じられない。
「返事、しないのですか?」
「んー…」
「名探偵に渡されていたものでしょう?私がここに降りることを見越して、あなたをここへ配置させた彼の頭脳には完敗ですよ」
「負けたなんて思ってないくせに。やっぱり泥棒さんは嘘吐きなんだね」
「あなたがそれに応えたら私の負けです」
「大丈夫」
「応答はしないから、ですか?」
「この雪の中じゃ、逃げる泥棒さんを捕まえることなんてできない。天が味方についてるなんて、反則だね」
ビルの隙間風が、冷たい風を一緒に運んでくるものだから嫌でも冷える。体の芯から凍ってしまいそうなくらい、今夜は冷えているのだ。飛び立つことすら躊躇ってしまいそうなほどに。
「寒くないのですか?」
「え、普通に寒いよ」
「では、一緒に温まりませんか?」
「それってセクハラだよね」
「風邪ひきますよ?さぁさ、私のマントの中へどうぞ?」
「コナンくん聞こえる?今私の目の前にね、変質者がいてセクハラ発言しながら近づいてくるんだけど、普通に怖い。どうしたらいい?」
「え」
『何っ!?すぐそっちへ向かうからお前はできるだけそいつを刺激すんなよ!』
「わぉ、コナンくんやっさしー」
マントを広げたままの状態で固まる俺を見て、あ、と彼女は小さく声をあげた。そして悪びれもなく呼んじゃった、と笑うのだ。
そんな彼女に怒ることもできない俺は残念ですと苦笑いだけ残して、屋上の手すりを飛び越える。
そちらとあちらの境界線のように見えるそれが、俺と彼女のいる次元を視覚的に知らしめるから。なんだかそれが酷く許せないもののように思えてきて、いつものポーカーフェイスが崩れそうだ。
そんな顔を、これ以上彼女に見せられない。くるり、と背中を向けてここから飛び降りれば今ビルへと入ってきた名探偵とは入れ違いに帰ることができる。
「キッド」
今日初めて、ようやく彼女にその名を呼ばれた大怪盗は、柄にもなくどくどくと鼓動を早くしていて。少しだけ視線を後ろに向けると、案外近くまで彼女が来ていたことに驚いて足を滑らせそうになったのは絶対に秘密だ。
もちろん必死に誤魔化したからバレてはいない。平常心平常心、ポーカーフェイスはまだ大丈夫。
「風邪引かないように気を付けてね。あったかくして寝るんだよ?」
あなたは俺の母さんか何かか?と問いたくなる。出来ることなら恋人の位置がいいのにな、なんてぼんやり考えているから、トン、と優しく押された背中に咄嗟に反応できなかった。
「あ!?ちょっ!?」
「おやすみなさい、泥棒さん」
フォール・イン・スノープール
「おい!大丈夫か!?変質者は…って、誰もいねぇじゃねーか。っていうかここにキッドいただろ」
「たった今、雪と一緒に華麗に消えてったよ」
「………、の割にさっき階段のぼってるときすげー悲痛な叫び声が聞こえたんだけど?」
「ふふっ、いつも平気な顔して落ちるから大丈夫だと思ったんだけどねぇ」
「(ご愁傷様、怪盗キッド)」
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