(※10年後)



寝息すら聞こえないほどの静けさが街を漂っていた。オレが放った一発の銃声が、やまびこのように反響し、やがて消えていく。死にゆく命が徐々にぬくもりを失うように、銃口の先から狼煙のようにあがっていく煙が鼻をかすめて空へと溶けて行った。
ぼんやりとそれを見送って、視線を下にやる。力なく放り出された足の隙間から、赤いものがじわりと流れてきた。


「…ごめんな」


誰への、何に対しての、どういう意味の謝罪なのか。問われたところで答えられない。ただ自分が救われたいがための、口癖のように出る呪文に大した意味はないのだから。
何年経っても慣れることのない"死"に、いつの間にか涙がこぼれていく。感情がこみあげたわけでもない。悲しんでいるわけでもない。だけど勝手に流れるそれに、オレは少なからず安心していた。まだ人間をやめたわけじゃないんだと、実感できる唯一の証なのだから。
冷たい鉄の塊を握り締めながら、楽しかった昔を思い出す。あの頃のオレは、きっとこんな未来、想像もしていなかっただろうな。


「…昔に、戻りたいな………」
「戻れるものならね」


独り言として呟いた言葉だったのに、返事がきた瞬間心臓が跳ねあがった。けれど聞こえてきた声に一瞬で冷静さを取り戻し、警戒を解く。オレが求めているこの声だけは、昔から何一つ変わっていない。


「ダメじゃないツナ。簡単に後ろを取られちゃ」
「名前…」
「獄寺が半泣きで狼狽えていたよ?10代目と連絡がつかないー!って」
「あ、そういえば電源切ってたんだ…」
「そうだと思った。今頃山本が同じこと言ってなだめているだろうけど、あれじゃあ逆効果よねぇ」
「はは…」


心の底から笑えない。昔のオレはどうやって笑っていたんだろうか。これじゃあ商談も取引もうまくできないはずだ。
ボスの位置にいるのは見せかけで、本当は下っ端でお似合いのはずなのに。皆が背中を押して、どう足掻いてもオレをこの場所へ縫い付ける。とんだ呪縛だ。
望んだ未来は、こんなはずじゃなかったのに。


「(じゃあどんな未来ならよかったんだ…)」
「…ツナは優しすぎるんだよね。だからマフィアのボスには向いてないよ」
「そんなの、自分が一番よくわかってるよ」
「だけどね。わたしツナがボスでよかったって思ってる。ツナがボスじゃなきゃボンゴレなんかに入ってないもん」
「うん、みんなそう言うね」
「だって本当のことだし」


オレにはそれが一番理解できなかった。マフィアのボスに相応しいヤツなんてこの世界にはいくらでもいる。ボンゴレの10代目だって、オレじゃなくてザンザスにさせればよかったんだ。そうすれば毎回こんな思いをせずにすんだのに、って、今更何を言ってももう遅いけど。
散々みんなを巻き込んどいて、逃げられないはずなのに、どうにかして逃げようとする心が必死に逃走経路を探している。弱い。オレはこんなにも弱い。


「なんでツナなんだろうね」
「ほんと…なんでなのかな」
「うーん…、なんでなんだろう?」
「もう、なんでかな…。なんで…、わざわざオレを、狙うんだよッ!」


隣でぼーっと考え始めた名前の腕を取り、オレのほうへ引き寄せてから数発の鉛玉を撃ち放った。そして同じ数だけの悲鳴が小さく聞こえてから、あたりはまたシンと静まりかえった。
静寂が、より深まった気がした。夜が、ぐっと濃さを増した。


「ッ…なんでッ…!」


オレを狙わなければ死なずに済んだのに。オレに銃口を向けなければ助かった命なのに。なんでみんなわざわざ殺されに来るんだよ。オレは人を殺したくなんかないのに。無闇に銃を握りたくないのに。
誰もオレのそんな気持ちなんて知らないから、自分たちの利益のためにオレに銃を向ける。それに過剰に、正確に、一寸の狂いなく反応してしまうオレの中に流れるボンゴレの血。呪われた血。


「ツナ、泣いてるの?」


終わりのない螺旋階段のように、ぐるぐると目まぐるしく動き回る感情を、名前を抱きしめることで押し殺した。弱弱しく震えるオレの肩はさぞ頼りなく見えたに違いない。


「泣いてない」
「うそ」
「嘘じゃないって」
「うそ。泣いてるよ」
「?、本当に泣いてな「心が」
「え…?」
「ツナの心が、大声で泣き叫んでるよ…」


それでもオレは、また銃を取って人を殺める。仲間を、ボンゴレを、自分を、そして何よりも名前を守るために、血なまぐさい平穏の上に立つ。


「…うるさいだろ?耳、塞いでくれていいから」
「ううん。ちゃんと聞いてる。じゃないと聞き逃しそうだから」
「?、何を?」
「"助けて"の、サイン」


あぁ、君が、君が聞いてくれているのならば、もう心で泣くことを躊躇ったりはしない。そうしてその分、罪を背負って生きていけばいい。
迫りくる火の粉を振り払って、幾多の屍を弔って、オレはオレの大事なものをなくさないように生きよう。逃げ道は今日、自分で断つ。

つきそうでついていなかった両足を、ちゃんと地につけよう。オレはこの街で、この仲間で、この先に広がる未来を見続けよう。その為には、血で血を洗う争いに、目を逸らしたりなんかしない。
全部、受けて立つ。



おれの心臓でよければくれてやる
奪えるもんなら奪ってみろよ

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