彼は慣れたと言うけれど、わたしは全然慣れる気がしない。だから、刑事なんて仕事は絶対に向いてないだろうし、探偵だってなりたいと思わない。そもそもたかだか探偵がこんなに殺人現場に出くわすとかありえないし。

彼らと一緒にいると必ずといっていいほど何か事件が起きるし、厄介ごとに巻き込まれて怖い思いをするのがオチだ。生憎平々凡々にのうのうと平和な世界を生き抜いてきたわたしにとって、この事件都市と化した街は酷く不釣り合いだった。

今日も今日とて事件に出くわしてしまったわたしたちは、現場検証をする彼と高木刑事の様子を蘭ちゃんと一緒に見守っていた。まぁ本当に見守っているのは蘭ちゃんだけだけれど。


「ねぇ蘭ちゃん、わたしちょっと外に行ってるから」
「え?大丈夫?」
「うん。だからあの二人のことは任せたからね」
「…うん、それは別にいいけど…無理しないでね?具合悪くなったら遠慮なく言ってね?」
「ありがとー」


外に行く前に、殺人があった部屋へ行くと野次馬が群がっていた。こんなとこ、興味本位で見るもんじゃないのに。まぁ事件が起きたっていうのもあるんだけど、そこに名探偵の毛利小五郎がいるとなったらそりゃ人だかりもできるよね。


「あの、すみません。毛利の身内の者ですが、中に毛利小五郎がいると思うんですけど、ちょっとここへ呼んでもらっていいですか?」
「え?あ、はい」


ドア付近にいた警官にそう頼めば、少しだけ中に入っておじさんを呼ぶ声が聞こえた。なんだよ、と悪態つきながらさぞ面倒くさそうに歩いているであろう姿が目に浮かぶ。ドアから顔を出したおじさんとばちりと目が合った。やっぱり、眉間にシワが寄っている。


「オメーこんなとこで何やってんだ?」
「おじさん、車のキー貸して」
「あ?なんで?」
「いいから。早く貸して!」
「わ、わかったよ。ほら。またいつものアレか?」
「ん、ありがと。じゃ」
「おい無視すんな!ったく、ケータイはすぐ出れるようにしておけよー!」


とぼとぼと遠ざかっていくわたしの背中にそう言ったおじさんに、キーを持った手だけをあげて返事をした。

しばらくの間、車の中でシートを倒して寝ていると、コンコン、と控えめにドアをノックする音が聞こえた。腕で覆っていた真っ暗な視界から、ぼんやりと外へ向けたそこには誰も映っていなくて。

気の所為だろうかと思ったけれど、もう一度コンコン、とノックが響く。一瞬心霊現象かと思って寒気がしたけれど、すぐにピンときた。体を起こしてドアを開けると、その隙間から彼がひょっこり顔を出した。


「おう、大丈夫か?」
「コナン君…」
「もしかして起こしちまったか?」
「ううん、大丈夫。寝てないから」
「おっちゃんが電話にでねーって騒いでたぜ?」
「え?あー…サイレントにしてたからわかんなかったや…」
「ったく、めちゃくちゃ怒ってたぞ?」
「あらら。コナン君も電話くれてたんだね」
「蘭もな」
「わ!ほんとだ!蘭ちゃんごめん!」
「………」
「ん?なに?」
「なんで蘭にだけ反応してんだオメーはよぉ」
「え?だって蘭ちゃんだし?」
「………」
「で?なにか用?それとももう終わった?帰れる?」
「まだだよ。様子見に来ただけだ」
「え」


思わずびっくりして次の言葉を失った。あからさまなわたしの反応を見て、彼は納得いかないような表情をした。ふてくされたように見上げる彼に、熱があるのでは…と小さな額に手を置くとぺちんと叩かれた。可愛い音だが地味に痛い。


「失礼な奴だな」
「だって…らしくないんだもん」
「らしくない?」
「今回の事件、まだ片付いてないんでしょう?なのにわたしなんかの様子を見に来る余裕あるんだって思って」
「なんだそれ」
「いやぁ…よく思い出したなぁって」
「あのなぁ、毎回ダウンする奴忘れるわけねーだろ」
「言っておくけどこれが普通の反応だからね。そっちが異常なの」
「異常じゃねーよ。っていうか、これだけ一緒にいてまだ慣れねーのかよ」
「慣れてたまるか。あと寒いからドア閉めていい?」
「てめぇ…」
「うそうそ。心配してくれてありがとう。わたしはそっちに戻れないけどここで待ってるからさ。早く片付けて帰ってきてよ」
「犯人がまだ捕まってねーんだから、こんなとこで一人でいるよりオレたちといたほうがよくねぇか?」
「わたし、犯人に殺されるようなことした覚えないけど?誰だかもわからないし」
「だからこそだろ。一人殺してんだ。二人目を作らないとも言い切れないだろ。それが無関係の奴をやらないとも言い切れない」


彼の言葉は妙に説得力がある。けれど、わたしは危機感を持ち合わせてないというか。死なない場所に立っているような気がして、どうにも警戒心が足りないのだ。それを幾度となく彼に指摘されこうやって怒られるのだけれど。


「…わかったよ。一緒に戻る」
「ん」


わたしの返事を聞いて、安心したように表情を和らげるのはズルいと思うのです。そんな顔されたら誤解しちゃうし、意識しちゃうじゃん。だからわたしはいつも可愛くないことを言って彼を困らせるのだ。


「コナン君。わたしのことは守ってくれなくていいからね」
「またそれか…」


彼には蘭ちゃんがいるのだから。そのことだけに集中して、蘭ちゃんだけを守って、わたしのことは放っておいてくれて構わない。どうせ死なない位置にいるのだから、彼が体を張る必要なんてない。

なのに彼は優しいから、わたしの言葉に肯定はしてくれない。また納得のいかない顔をして、わたしを見る彼の視線に、たくさんの言葉が含まれているのがわかる。

けれどそれを声にしてわたしに言い聞かせたりしないあたり、完全なる保護対象じゃないってわかって逆に気持ちが良い。それなのに、今日の彼は少し違った。


「どういうつもりでそれを言ってるのかは知らねーけどよ…勝手に動いちまう体を止めることはできねーんだから。しょうがねーだろ」


だから諦めろ、と。そう言われている気がして、泣きそうになった。

望んだ答えはそうじゃないのに、じわりと胸が温かくなる責任を彼はとってくれないだろう。与えるだけ与えていなくなる。だから哀ちゃんに嫌がられるんだぞばかやろう。



この熱はえいえんに取って置きたい
そして明日の朝には消えてなくなれ。

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