父さんの命日の前日に、一人でお参りに行くようになったのは高校生に上がってからだった。そこにはいつものあの人が、いつものように静かに手を合わせている姿があった。年を重ねる度に美しくなっていくあの人の目には、いまだに自分が映ることはない。

「今年も来てたんですね」
「そういう君こそ、毎年来るようになったね」
「今日来たから明日行かないってワケじゃないですよ?」
「知ってる。わたしの為、でしょ?」
「なんのことやら」

いつも不思議だった。毎年毎年、俺と母さんがお墓に行けば、真新しい花と何かしらのジュエリーが供えられていて。それを見た母さんが悲しそうに笑ってジュエリーを持ち帰っては、父さんの机の引き出しに仕舞うんだ。父さんの物なの?と聞いた俺に、昔のね、と返す母さんの言葉の意味をその時は理解できなかった。

「あといくつ残ってるんです?父さんのソレ」
「わたしが死んでも返しきれないほどかな」
「あなたが死んだあとはどうするんです?」
「君に全部託すから大丈夫」
「それ、答えになってませんけど」
「盗ったものはちゃんと返さないと。盗っ人にはなりたくないからね」
「なんですかそれ。別にあなたは盗ったわけじゃないでしょう?」
「押収も同じことだよ」
「それに父さんは盗っ人でもない」
「そうだね。確かに彼は盗っ人ではなかったけれど、結果的に盗っ人になってしまったから…間違ってはないかな」
「それって、まだ父さんが何かを返してないってこと?」

俺のそれに答えることなく、父さんの眠るお墓を見つめるあの人の胸ポケットにはもう、警察手帳は入っていない。父さんが死んでしばらくして、あっさりと辞めてしまったことを母さんから聞いた。

警察になろうとした目的はきっと別のところにあったはずなのに、一度あるようでない存在に囚われてしまうともう元には戻れなくて。
あの暗い星空を自由に飛び回る白い鳥を捕まえようと、いくつもの狩人が必死になって追いかけたけれど、誰一人としてそれを捕まえることは叶わなかった。挙句の果てに何処の誰かもわからないような奴に、捕まえるどころか殺されてしまうなんて、誰が予想しただろう。

マジックショーでの失敗談として記事には書かれていたけれど、それを鵜呑みに信じる人ではなかった。だからこそ、事件として再調査することを抗議していたのを俺は知っていた。
誰よりも近くで父さんの手口を見て、父さんを追い続けていた人だ。マジックショーで失敗なんかするはずないと、こんなあっけなく死ぬ人ではないと。泣きそうになりながら怒鳴り散らしては、最後まで泣かなかった。

「警察やめて、とりあえず一人で動き回ってはみたけれど…知れば知るほど謎が深まるばかりでね…。どうしようもないなぁ…」
「名前さん」
「どうしようもないくらい、この世に腹が立つ」
「名前さん、まさか…」
「快斗くん、わたし、ようやく見つけたの。この人が死んだ意味を」

刹那、一陣の風が吹き荒れた。あの人の茶色くて細い髪を豪快に巻き込みながら、それは俺のほうへと流れ込んでくる。

「まさか、幼かった君が後を継ぐとは思わなかったけれど…」
「俺も、あなたと同じ気持ちだったからですよ」
「それがどんなに危険なことか、わかってる?」
「わかっています。それでも俺は知りたかった。そして必ず見つけ出して壊さなければいけない。奴らの手に渡ってしまう前に…、それが俺の使命だから」
「そう…」

世界を飛び回っていた父さんを、ただひたすら追い続けていたわけじゃなかった。お互い気付き合いながらも、父さんの正体を明らかにする言葉を吐かなかった。父さんも、バレているとわかりながらも最後まで演じきった。

"彼だけが唯一の怪盗キッド"

そう言ってやっと涙を流しているのを見て、俺の心臓がざわつくのを感じた。
俺という子供がいて、母さんという妻がいて、けれど確かに父さんへ抱いていた感情は、追う側が持つにはあまりにも不適切なものだった。だからこそ父さんの死をありのままに受け入れることをしなかったし、俺と同じ情報を共有しあうことができる。

「空白はあったけれど、またこうして怪盗キッドを目にすることができてよかった。簡単に諦めなくてよかった。命を捨てないでよかった」
「認めて、くれるんですか?」
「盗一さんから全てを受け継いだ君を見て、認めないなんてできやしないよ」
「じゃあ名前さん、今度は俺が、あなたの唯一になります。だから…、だから俺と、必ず最後まで辿り着きましょう。どんなことがあっても。彗星が俺たちの前から流れ終えるその瞬間まで!」

射抜くようにあの人の目を見た。ゆらりゆらりと揺れているのは、目の淵ぎりぎりまで溜め込んだ涙のせいだ。俺の目を見て小さく父さんの名前を呼んだ瞬間、糸が切れたようにわんわんと泣き出した体を、精一杯の羨望と希望と愛情で抱きしめた。

翼を持たないこの人のために。鳥を探すのを辞めた足をもう一度歩かせるために。父さんが飛んだ空を、今度は俺が変わりに照らしていくから。
だからもう泣かないで。白い鳥は、まだ死んでなんかいない。



わたしの唯一が彼によって書き換えられたのと同時に、あの人に盗まれていたわたしの心臓が返ってきた。
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♪Aimer/7月の翼


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