※尾浜不在
「は?肝試し?無理無理。俺行かないから」
騒がしい昼休みの教室に冷たく響いた声は鉢屋三郎のものだ。その返事が想像していた答えと違ったからなのか、はたまたノリの悪さからなのか、話をもちかけた少女名前は眉間にシワを寄せた。
「マジで言ってんの?」
「おう。マジ」
「怖いんだ?」
「そーだな。怖いな」
「有り得ない」
「有り得てるから」
「つまんない」
「その企画自体面白くない」
「えー!ホントに行かないのー!?」
「行かねーっつってんだろ!」
鉢屋の返事に名前も負けじと言い返すが、鉢屋の意思は固い。その固さからも本当に行きたくないということがわかる。かなりの怖がりらしい。だからこそ、名前は鉢屋を連れて行きたいのだろう。
断固として首を縦に振らない鉢屋にふてくされながら、今まで食い付いていたのが嘘のようにあっさりと「あっそ」と言い捨てた。それに対し鉢屋は若干嫌な予感がした。
ニヤリと笑った名前は鉢屋の前から立ち、教室の外に向かって歩きだした。廊下にいる誰かに鉢屋に聞こえるように「鉢屋行かないってー!」と話しかけている。
「残念だね。こういうの鉢屋好きそうだと思ってたのにねー」
「うーん、まぁ嫌なら無理矢理連れて行く所じゃないしね」
「そっかー残念だな」
「三郎、本当に行かないのか?まぁ無理にとは言わないけど」
教室のドアの陰から顔を出したのは雷蔵に八左ヱ門に兵助の三人で。個々に言い合う言葉は更に鉢屋を追い詰めた。しかし三人には全くその気はない。あるのは名前だけだ。
「ちょ、え、なに?お前ら行くの?」
焦ったように席から立ち上がりわざわざ四人が集まるドアまで歩み寄る鉢屋に名前の笑みは深くなる。
「別に鉢屋は来ないならそれでいーよー?私らで楽しむし。あ、帰りどっかで食べて帰ろうよー!」
名前のわざとらしい意見に全く悪意を感じていない八左ヱ門はいいなー!と賛同している。悪意があるとわかっているのか雷蔵は苦笑いしながら鉢屋を見ていた。
このいつものメンバーと定着している五人で、自分だけはみってしまうことを鉢屋が嫌いなのを名前は知っていた。その事実は名前だけじゃなく他の三人にも同様に言えることだが。その鉢屋の前で、自分の参加しない話を進めることは彼にとって許し難い行為であり。
「誰が行かないっつったよ」
気付いたらそう口走ってることもしばしば。まんまと名前の掌の上で転がされている鉢屋なのであった。
その返事に機嫌を良くした名前はニコリと笑って「じゃあ今夜8時にいつものとこでね!」と言い残し颯爽と自分の教室へ帰って行った。その後ろ姿を鉢屋が悔しそうに睨んでいたとも知らずに。
学校が終わり、それぞれが帰宅して約束の時間までのんびり用意をしていた鉢屋のもとに、一通のメールが携帯を震わせた。雷蔵か?と思いながら鉢屋がメールボックスを開くとそこには名前の名前が。昼間の憎たらしい笑みが一瞬頭にチラつき、嫌々内容を見ると…。
『今日行こうと思ってる廃墟なんだけどーなんか結構ヤバイみたいだから一応清めの塩と数珠を持ってくるように!あとお供えとしてみんな持っていくらしいんだけど卵一パックいるらしいの。絶対割らないようにね!一個でも割れたら終わりだから!』
マジかよ、と呟きながら冷蔵庫を見に行くと、卵のパックはすでに封が切られていて一パックとは言えない状態だった。行く途中のコンビニかスーパーで買うか、と頭の中で考えていると持っている携帯が震えだした。今度は電話だ。相手はもちろん名前からで。
「なんだよ」
『あとねー『滅』って書いたはちまきがいるんだけどー用意できる?』
「できるわけねーだろ!」
『うっそ!じゃあ駄目だよ!なんでもいいからタオルとかに書いて持って来なきゃ!』
「めんどくせーなぁ」
『確かにめんどくさいけどみんなやってるみたいだし』
「…ホントかよ」
『ちゃんと伝えたからね!必ずそれ身につけてくるんだよ!じゃ!』
「あ!おい!ちょ…って切れたし」
名前に言われて動くのが癪だと思いながらも、まだ見てもない廃墟に恐怖心を煽られ気付いたら洗面所に行き白いタオルと油性ペンを手にしていた。暗い空気を背負いながらタオルに『滅』とかく息子の背中を通りすがりの母親が怪訝な顔で見ていた。
約束の時間になり、行く途中で買った卵一パックを慎重に持ちながら首には『滅』タオル、手には数珠、ズボンのポケットには清めの塩を持って歩いていた。いつもの待ち合わせとして通じる場所へ行くと、そこには四人の影が見え、鉢屋は首をかしげる。
「四人?ということは名前もいる?珍しい」
鉢屋がそう思うのも無理はない。名前はいつも待ち合わせの時間にちゃんと来たことがない。いつも悪びれもなく遅れてくるのだ。そして鉢屋は異変に気付く。みな、あるべきものを持っていないということに。
「おう!三郎!やっときたかー」
「待ちくたびれたよー」
「言うほど待ってないだろ、名前」
「?、三郎。その袋なに?」
鉢屋の頭は混乱するばかりで。まだ目的地についてないのにも関わらず憑かれてしまったのかという考えすら浮かぶばかりだ。
「お、お前ら…卵はどうした?」
「え?卵?」
「卵一パックだよ!お供えの!」
「なにそれ」
「『滅』って書いたタオルは!?いや、はちまきか!?」
「三郎、お前大丈夫か?」
「数珠は!?清めの塩は!?なんで持ってこないんだよ!」
「え、ええー?」
「持ってこないとヤバイって名前が…は!名前!?」
雷蔵と兵助と八左ヱ門の、変な人を見る目に耐えきれなくなり名前名前を出して瞬時に気付く。ハメめられた、と。
当の本人はというと、腹を抱えて地面に崩れ、体をヒクヒクさせている。どうやら込み上げる笑いを必死に押し殺しているようにも見えるが…。実際そうなのだろう。
「名前!てめぇ騙したな!」
「ブハーッ!もう信じられない!全部真に受けちゃうんだもん!三郎可ッ愛いー!」
「殺す!お前絶対殺す!」
「殺してみなさいよ。呪ってやるから」
「ッ!お、ま、え、なぁー!」
怒りのあまり持っていた卵を名前に投げつけようとしたとき、後ろから名前の声で自分の名が呼ばれ、ピタリと体が固まった。
「おーい鉢屋ー!そこでなにしてんのー?」
「あ!三郎来てたんだ?早いねー」
「ハハ、あいつ律儀だな。ちゃんと卵買ってきてんじゃん」
「俺もはちまき用意できなかったからタオルにしたけど三郎も同じだな」
鉢屋の目には信じられない光景が映っていた。さっきまでここにいたあのいつものメンバーは、自分がこの格好で来ると茶化していた。名前も冗談なのに、と笑っていた。ついさっきまで此処で、自分と喋っていたはずなのに。
「清めの塩がねーからは○たの塩持ってきたんだけど。駄目かな?」
「ハチ、それはちょっと違うと思う」
「私さー数珠なかったんだよねー」
「それ数珠っていうかビーズだよね?」
「三郎!お前はちゃんと持ってきたかー?」
おかしいと思ったんだ。だって、約束の場所に早めに行ったのに全員が揃っていたことや、名前が遅れずにいたこと。そして何より、名前が自分のことを名前で呼んだことに、もっと早く違和感に気付けばよかったんだ。
じゃあ今まで自分が話していた相手って…。体中に鳥肌が立った。自分の立っている場所だけひんやりとしている気がする。考えたくはないがもしかして…と頭でしたくない理解をしていると、ふと耳元で、あの名前の声で。
「なんだ、もう気付いちゃったの?残念」
刹那、鉢屋のあげた悲鳴に他一同がビックリしたのは言うまでもない。鉢屋のいきなりの体調不良により、五人は廃墟に行くのを急遽とりやめ、近くのファミレスで長時間居座ることになった。
そこで鉢屋はさっきの体験を必死にみんなに話したが、微妙に信じないメンバーにしびれを切らし帰ろうかと思ったが、何分怖い。一人で帰るのを諦め、半ば無理矢理に八左ヱ門の家に泊まりに行ったという。
清めの塩など効きやしない
この夏、鉢屋にとって一生忘れられない記憶が深く強く刻まれてしまったのであった。
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