「じゃあね」

例えば友達同士の会話のように、そのあとに続くであろう"またね"という再会を約束する意味は含まれていない。その先に色づいた未来なんてない。
まさに終わりを告げる言葉だった。

別れを切り出したのはそっちだっていうのに、わたしよりも傷ついた顔をしてこちらを見ようともしない背中に、ただ一言、それだけを言って彼の部屋から出た。
「今の冗談!」と言ってわたしを引き止める彼は、結局のところわたしの脳が勝手に作りだした幻想だった。

普段あんなにもうるさいのに、死んでいるのかと問いたくなるくらい静かだった。その慣れない静寂に息が詰まりそうになって、一刻も早くこの部屋から抜け出したくて、ろくに理由も聞かずにわかったと言って彼の望むとおりの結果を導き出した。
始まりを作った彼がご丁寧に終わりまで作ってくれた。

いつもなら自分の家へ帰る道のりは、自転車に乗った彼が隣にいたけれど、恋人という関係が終わるとこうもあっさりと一人で帰らなくてはならないなんて。
別にそれが寂しいとか嫌だとか、そういう感情はなかった。一人の時間にまた一から慣れなければいけないことを考えると心底面倒だなと考えていた。

彼には彼の時間がある。わたしがいなくなったとしてそこに大きな変化はないだろうけど、わたしには大有りだった。
彼の部活が終わるまでの間に活用していた図書室にもう用はない。その日出された課題や宿題を学校を出るまでに終わらせることもなくなる。無駄に増えていく知識も、無駄に賢くなる頭も、今日で終わりだ。
明日誰と帰ろうか、とそんなことを考えながら歩いていて、ふいにぽとりと何かが零れた。それはわたしの両目から垂れてしまったもので、気付かないうちに泣いていたことに今気付いた。
泣いている、と自覚してから、ようやくわたしの心がじくりじくりと彼に告げられた"別れ"を再認識し始めた。ぼたぼたと大粒のそれが制服や地面を濡らしていくのを見ながら、大声で泣き叫びたくなった。できなかったけれど。

あぁ、もっと駄々をこねればよかった。もっとちゃんと理由を聞けばよかった。そしたら改善策があったかもしれないのに。
別れたくないと素直に言えばよかった。彼の言葉よりも居心地の悪さから逃げなければよかった。そしたらもっとお互いの心を明かせたかもしれないのに。
ばかだ。わたしって大馬鹿だ。今になって後悔してる。今になって実感してる。

でも、だって、しょうがなかったんだ。
彼が別れようって言ったときに、一瞬で頭に巡ったのは今までの自分の行いのどこにその要素があったのかっていうことと、これは決して冗談なんかじゃないってこと。
つまり本気で彼はわたしと別れる道を選んだのだ。その彼に別れたくないと言っても困らせるだけで、駄々をこねたところでみっともない姿を晒すだけなのだ。
いつも自信に満ち溢れて、豪快に笑う姿が好きだった。だからこそ、尚更困った顔なんて見たくなかった。それもわたしが困らせているだなんて、耐えられなかった。

物わかりのいいふりをして彼の望みを受け入れたわたしは、彼の目にどう映ったんだろうか。
実際なにもわかってなどいないのに簡単にわかったと言うわたしを嘘つきだと思ったかもしれない。愛想のない女だって思われたかもしれない。本当に好きだったのかって疑われたかもしれない。
そんなことないんだよって、もう言えないけれど。

何故今、彼から告白されたときのことを思い出すのか。
心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしたのを覚えている。真っ赤になった彼の顔を見て、わたしもつられて真っ赤になっていたと思う。少なからず彼に好意があったから、きっと告白を受け入れたんだと思う。

それからだんだん彼といるのが心地よくて、顔を見れただけで嬉しくなって、もっと声が聞きたくて、それで、それで…。あぁ、そうだよ。わたし…、わたしちゃんと、彼のこと………。

あいしてたの

もう伝わらない。もう伝えられない。


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