クラスが同じじゃなくてよかったってこれほどまでに思ったことはなかった。
うそ、ケンカしたとき何度も思ったっけな。

「名字」

お昼休みに購買へ行こうと教室を出る寸のところで、同じクラスの木葉に引き止められた。ドアの真ん中に突っ立ったままじゃ邪魔になるからと少し教室内に足を戻した。
酷く言い辛そうな表情をしている木葉は、目を泳がせていた。その態度だけで木葉が何を言いたいのか、その口から出る言葉を聞かなくてもわかっていた。

「あ…、のさ「別れたよ」
「へっ!?」
「木兎と。それが聞きたかったんでしょ?」
「あ、や、うん…そうなんだけど…」
「ま、見たらわかるよね」
「…まぁ」
「………、わたし購買に行きたいからこれで」
「あ!ちょ、名字!」
「なに」
「お前、なんつーか、………大丈夫か?」
「ん」

その時わたしがどういう顔をしていたのか、自分ではわからない。だけどわたしより辛そうな顔をする木葉を見て、昨日の彼を思い出した。
途端に涙腺が緩んでいくのかわかって、足早に教室から出ていくわたしを木葉はもう引き止めなかった。

購買に行く気分じゃなくなってしまって、気付いたら昇降口に辿り着いていた。行くあてなんてどこにもないけれど、いっそここから遠くへ行きたいと思った。それはきっと彼と彼に関わるものから逃げようとしてるわたしの弱い部分だった。
ただ茫然と景色を見ていると、ふいに名前を呼ばれた。振り返らなくてもわかる。だってこの声は彼の次によく聞いていた声だから。

「名字先輩、帰るんですか?」

真後ろにきた赤葦が問いかけてくるも、返事をするどころか、そちらへ振り返ることもできない。
なんとなく空気を読んだ赤葦が、そっとわたしの隣に立った。そしてぽつりぽつりと、聞いてもいないのに話し始めた。

「木兎さんに、聞きました。と、いうか、知っていました。相談を…受けていたので。俺は反対したんですよ?木兎さんもかなり迷っていましたし…。昨日も少しだけ電話して、報告だけ聞いたんです」
「………」
「名字先輩、何も聞かずにわかったって言って出ていったんですよね。本当に、わかったんですか?理由も聞いてないのに、なにをわかったんですか?絶対なにもわかってないでしょ?だから今こうして、煮え切らない気持ちのまま泣くことしかできないんでしょ?」
「………っ」
「すみません。酷いこと言ってるってわかってます。けど、名字先輩にちゃんと知ってほしくて言ってるんです」
「………」
「名字先輩も木兎さんも、どちらも俺にとって大事な人だから。だから…」
「でも、もう終わったことなんだよ」
「は」
「その理由を聞いて、元に戻れるの?戻れないでしょ?あの光太郎が赤葦に相談するほど悩んで出した答えを、今赤葦からその理由を聞いたとして、でも現状は変わらないでしょ?何が変わるの?」
「………、名字先輩」

こんなこと思いたくないし言いたくないけれど、わたし、ちょっと赤葦に嫉妬してる。
わたしよりも彼との時間を共有してる赤葦に、彼がわたしたちのことを相談して出した結果がこれだ。
ずるいよ赤葦。わたしはどれだけ望んでも、赤葦にはなれないし、赤葦の位置に立つこともできない。それがもどかしい。それが悔しい。

「赤葦、わたし吹っ切れたように見える?」
「…見えません」
「うん。その通り。まだ、光太郎のこと好きだよ」
「っ、なら!」
「だからこそ、その理由、今は聞けないよ…。だって聞いちゃうと、もっと光太郎のこと好きになっちゃうかもしれないでしょ?光太郎はもう次へと進むのに、いつまでたってもわたしだけ前へ進めなくなる。だから、まだ言わないで…お願い、赤葦」

昨日みたいに、感情のまま泣くことはできなかった。
ただ赤葦の声を聴きながら、ぽたぽたととめどなく流れていた。
あれだけ泣いたというのに、まだ出てくる涙に自分でも驚いているくらいだ。

赤葦を見ると、やっぱり赤葦もわたしより辛そうな顔をしていた。
もう、なんで、そんな顔しないでよばか。

「名字先輩、別れという言葉に縛られないでください。もっと別の、可能性を信じてください」
「可能性?」
「こんなこと、俺が言うことじゃないんですけど…、名字先輩は知らないだろうから…」
「なに?」
「木兎さんはいつも、名字先輩のことしか考えていません。あの人の行動は全部、名字先輩のために繋がっています。全部が全部、当たり前じゃない。木兎さんだから、で終わらせるものでもない。すべての意味に、名字先輩がいて初めて成り立ってたんですよ。だから…」
「っ、あか、あし………、酷いよ。そういうの、言わないでって言ったじゃん…!」
「自覚してください。そして、今よりもっと落ち着いて、余裕ができたら…理由、聞きにきてください。もちろん、俺じゃなくても、本人にでも構いませんから」

自覚してください、って、赤葦は言った。
なにを自覚するのか、そのことにわかったふりなんかできなかった。
できなかったからこそ、赤葦の言葉を聞いて、彼のことが好きになった。別れたばっかりなのに、また好きになった。

わたし、たくさん彼に与えられすぎて、感覚が麻痺していたんだ。そっか、うん、そっか………、わたし、こんなにも………。

あいされてたの

でもやっぱり、だからこそ、彼の答えの真剣さが伝わってきて、尚更理由なんて聞けるはずもなかった。


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