昔からわたしは蘭ちゃんが苦手だった。
愛らしい笑顔に気の利いた優しい性格、そして強い肉体と折れない精神力が備わっている。才色兼備というのをそのまま表したような、完璧な人だと思う。
卑屈な考え方しかできないわたしにも、蘭ちゃんはいつも優しくて温かかった。わたしはそんな蘭ちゃんが苦手だった。いや、苦手というより、もう嫌いだった。

わたしが蘭ちゃんを嫌っているとは知らずに、当の本人はわたしを仲のいい友達だと思っている。実際、わたしは口にも態度にも出していないから、勘違いされたままなのはしょうがないことなんだ。
笑いかけてくる蘭ちゃんに応えるように、わたしも笑い返す。引きつったりなんかしてない。ちゃんとした笑顔で対応しているのだ。大女優並だと自分でも思う。
蘭ちゃんに笑い返す度に、わたしの心が悲鳴を上げて黒ずんでいくのがわかる。

あぁ、蘭ちゃんのいない世界に行きたい。蘭ちゃんの手が届かなくて、干渉もされなくて、気にも止められない世界へ行きたい。
わたしのことを忘れてほしい。蘭ちゃんの記憶からわたしの存在を消してほしい。一緒にいるとすごく疲れるの。

蘭ちゃんはいつも正義を振り回す。
あれをしてはダメ、それをしてはダメ、あれは間違ってる、それは間違ってる。なにそれ?
たかだか高校生の女の子が人を諭す言葉を吐いて清く正しい道へと人の背中を押すなんて。そんなおこがましい技いつの間に覚えたのか。
良かれと思ってやっているのだろう。それが正しいと信じてやっているのだろう。
父が元刑事の探偵で、母が弁護士で、幼馴染が高校生探偵とかいうガチガチの正義感の塊に囲まれて過ごせばそうなるのも無理もない。

反吐が出そう。
いっそのこと蘭ちゃんを壊してしまえば少しは楽になるんじゃないかって、そういう考えに至る自分がクズすぎて笑える始末だ。

「ねぇ蘭ちゃん」
「んー?」

放課後、珍しく部活のない蘭ちゃんと二人で教室で話していた。園子ちゃんは家の用事で先に帰ってしまって、今この空間にわたしたちしかいない。
これは願ってもないチャンスだと思った。

「もしわたしが」

さぁ、壊れて行って。蘭ちゃん。

「ん?」

どこまで壊れてくれるのか見届けてあげる。わたしのために、その身を削って立てなくなる蘭ちゃんを、わたしは助けたりなんかしないからね。
そうして思い知って。自分のすぐそばで、こんなにも醜くて汚い感情を持った人間が平然と善人の皮を被っていたことを。恐ろしくなって立ちすくんでよ。

「もしわたしが、工藤くんを好きだって言ったら、蘭ちゃんはどうする?」

蘭ちゃんの喉がひゅっと息を吸った。目を見開いて、一瞬だけ時が止まった。わたしを見ていた視線が、徐々に下がってわたしから顔を逸らした。

「新一のこと、好きなの?」
「もしそうだったら応援してくれる?」
「でもそれ…もしもの話でしょ?」

言葉に詰まって、眉を寄せる。焦っているようで、どこか半信半疑な冷静さが見える。
蘭ちゃんのそんな顔、とても珍しいと思った。
その表情に、正直ゾクリとした。わたしが見たかったのはそれだったんだって改めてそう思えた。

友達思いの蘭ちゃんのことだから、きっとわたしに譲ってくれるって信じてる。
だけどわたし、工藤くんも苦手なの。ううん。蘭ちゃんと同じで、嫌いなの。

「蘭ちゃんがそう思いたいなら、それでいいよ」

蘭ちゃん。わたしの本性に早く気付いて。わたしの心の中の闇に触れて。もう後戻りできないと確信して。わたしから、ゆっくりと遠くへ離れて行って。
見えなくなったらはいおしまい。



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