アメリカのとある製薬会社が何者かによって全壊したニュースが世間を騒がせていた。僅かな情報しか聞かされていないマスコミが、どこぞの専門家を招きああでもないこうでもないと推測を立てている。
そのどれもが不正解であり、真実が明るみにでることはないとも知らずに、一般市民はテレビの情報を鵜呑みにし、やがて忘れていく。

目の前で五体を拘束された意識のない少女がこの事件の真犯人だと信じるには、あまりにも情報が少なすぎると落胆せざるを得ない。
周りにいる面々が緊迫した空気を保つ中、我らがボスのジェームズが一つのディスクを取り出し我々に見せるためパソコンに読み込ませた。

「これは…」

全壊した製薬会社の地下室に設置された、監視カメラに残された唯一のデータだった。
視界や手足を拘束されたままストレッチャーで運び出される少女の周りには白衣を着た男たちが三人と、その護衛なのか黒いスーツを着た男が二人いた。

突然、黒いスーツを着た男の一人が胸から血を吹き出し倒れた。そのことに驚いた白衣の男たちが慌てふためくなか、もう一人のスーツを着た男が拳銃を手にし、白衣を着た男を三人とも銃殺した。最初は仲間割れか身内を装ったスパイの犯行かと考えたが、早々に違うことが判明する。
自ら手をかけたというのに怯えながら銃を投げ捨てた男は、またも胸から血を吹き出し、倒れるかと思いきや宙に浮き、放り出されるように画面の奥へと投げ捨てられた。

「どういうことなの…?」

画面を見ていたジョディの困惑を含んだ呟きに、同意ともとれる唾をのむ音が多数聞こえた。
事のあらましを黙って見届けていると、ストレッチャーに寝かされている少女の拘束が音もなく外されていく。そうしてゆっくりと起き上がった少女は、視界を覆っていた布を取り、心ここにあらずという顔でぼんやりと俯いていた。
異変に気付いた他の職員が騒ぎの中心である場所へ到着したかと思えば、その重装備具合に逆にこちらが驚きを隠せなかった。
まるでテロリストの相手をするかのような装いとは対照的に、少女の入院服のような軽装が奇妙な空間を作り上げていた。

「危ないっ!」

過去の映像と理解していながらも、そう叫ばずにはいられないジョディの声に、誰もが眉間にシワを寄せた。
ためらいもなく少女に照準を合わせ、銃弾の雨を浴びせていく関係者たち。放たれるいくつもの弾丸が無防備な少女の体を貫いてはシーツを血に染めていく。
踊るように体をくねらせては血を飛ばし、真っ赤に染まったストレッチャーにどさりと倒れこんだまま少女が起き上がることはなかった。銃撃が止み、シンと静まり返ったのは現場だけではなく、それを見ていた我々も同じだった。

「なんてことを…」

ジョディが口元を抑え目を背けようとした時だった。じゅわじゅわと少女の周りで動く黒い煙のようなものが画面上に見えた気がした。全壊した建物に残っていた監視カメラの映像ということもあって、ただのノイズだろうか、と思案した刹那、何事もなかったかのように少女は体を起こした。
あの銃弾の雨を浴び、何故起き上がれるのか。目を見開いたのは何も俺だけではなかった。悲鳴や罵倒を乗せ、更に残りの弾を全部使い切る勢いで少女を撃ち続ける映像に、またあの力なく倒れていく被写体を見せられるのか、と苦い顔をしたものの、その予想は見事に裏切られたのだ。
なぜならば、全ての弾は少女に届くことなく何かが壁となり宙に留まっていたからだ。超能力者か何かだろうか。有り得ない映像に、有り得ない考えが浮かぶ。

ゆっくりとした動作でストレッチャーから降りた少女は、ゆっくりとした動作で足もとを見渡した。自分の周りに大人の死体がいくつも転がっている現実を突きつけられ、正常でいられるはずがなかった。
泣き叫ぶようにあげられた少女の声は、悲鳴のような雑音のような、耳の奥がキンとなり一瞬体が強張る感覚が残った。深く疑問に思う前に解けたそれに、一体ここにいる何人の奴が気付いただろうか。
少女の声が合図だとでもいうように、少女の周りに突如としていくつもの黒い影ができた。それは俺以外にもはっきりと見えるようで、信じられないとざわつく仲間の様子に、ジェームズは何も答えなかった。
黒い影は無造作に動き回り、少女に迫りくる殺意の元を根絶やしたのだった。その際に倒壊し始めた建物の瓦礫により、監視カメラは壊れ、少女のその後も映されることはなかった。
映像が途切れる最後まで少女は膝を抱き、一人泣き続けていた。その傍らには一体の黒い影がじっと寄り添うように立ち続けていた。 

まるで一本のホラー映画を見ていたかのような錯覚に陥る。砂嵐になった画面からはいまだに少女の泣き声が聞こえているような気がした。
全員が言葉を失い、そうしてこの部屋で同じように拘束されている少女を見、誰しもが一歩距離を取った。

「ボス…彼女は、何者なの…?」

得体の知れないモノが同じ部屋にいる恐怖が、無意識にジョディの声を震わせる。そんなジョディの質問に対し、ジェームズは無言で首を振る。

あの映像が撮られた日から数日しか経っていないというのに、どうやって少女を見つけ出しここへ運び込んだのか。そもそも少女はあの時死んだのではなかったのか。あの倒壊した建物の地下からどうやって逃れ、今ここにいるのか。
様々な疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、結局自分の納得のいく答えに辿りつくことはなかった。
映像に存在していた黒い影が、何故だか今も少女の隣にいるような気がして、少女の周りをじっと凝らして見つめるも、やはり何もない空間だけが目に映った。

「彼女が全壊させたあの場所が、我々が追い求めていた組織の研究所の一つだったということしか今はわかっていない。彼女が何者なのか、それは我々がこれから見つけていかねばならない課題だろう」
「しかしボス…あまりにも、その…どう受け止めていいのか…、わかりかねます…」
「そうだな。まずは、彼女の目が覚めたら話を聞くとしよう。我々の言葉が通じれば、の話だが…」

それは暗に、言葉の壁のことを言っているのではないと悟った。
だがそれを少女に期待するのであれば、このままではいけないと思った自分がいたのも確かだった。

「一つ提案がある」

俺の言葉に反応し、全員の視線が突き刺さるなか、ただ一人ジェーズムの目だけを貫きながら発言の許可をもらう。頷いたジェームズの仕草にOKの意味を捉え、いまだに拘束された不自由な少女を視界に入れた。
見えない黒い影からの威圧ともとれる視線を感じ、悪く思わないでくれ、と誰に言うわけでもなく、知的好奇心が生み出す探求心に自分が勝てるわけがないのだと心中で笑った。





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