拾ってきた刀を差しだしたとき、僅かに顔を歪ませたのを見逃さなかった。明らかにいつもと違うことを雰囲気で悟ったのか、そこは腐っても審神者のようだ。
しばらく無言で受け取った刀を見ていたが、やがて観念したように溜息をはいた。隣に立つ和泉守がむくれ面をしたまま審神者を見ているのを横目で確認し、俺も誰にも聞こえない程度の溜息をついて下を向いた。
「山姥切」
一言、静かに放たれた自身の名に、布で隠れた視界を審神者へと移した。
「来て」
俺と目が合ってそう言い、くるりと踵を返した審神者の後を追うべく、俺はそこで部隊から離脱した。きっと自身の部屋で顕現させるのだろう。
誰が何を言わずとも、それぞれが部隊から解散していく中、和泉守だけが睨むようにこちらへ視線を寄越していたことに審神者だけが気付かなかった。
「気が重い…」
部屋につくなりそう言って、刀を持ったままベッドへと倒れ込んだ審神者に、俺は何も言わずに隣に立つ。カチャリ、と音を鳴らして宙へ掲げられた刀は、顕現される前であるにも関わらず大層美しかった。ざわつく心を気持ち悪く感じながら、視線だけを審神者へとやる。
「きっとさ、もっといい場所があったと思うんだよね。ここじゃないどこか。そのほうが幸せだと思うんだよね」
「………」
「はぁ…」
「………」
「山姥切。お前はダメな審神者だと罵ってよ」
「………」
「って、それは和泉守の役目か」
明日にしようかな、と呟いた審神者に、俺はようやく言葉を返す。
「先延ばしにしたところで何も変わらない。顕現してみないとその先のことも考えられない」
「ごもっとも」
「どんな奴が来たとして、どんな決断を下すとして、お前が俺の主であることも変わりはしない」
「………、それは、もしかして、励ましてくれてる?」
「…そう捉えたいなら好きにしろ」
「素直じゃないなぁ。まっ、わたしもだけど」
そう言って上体を起こした審神者は、覚悟を決めたように前を向き立ち上がった。
部屋の片隅に置かれている刀掛けに持っていた刀剣を置き、両手をかざして霊力を込める。どこからともなくそよ風のようなものが審神者を取り巻き、着ている服の裾をふわりと遊ばせた。
小さな光の粒が刀剣から滲み出るようにして人型を作っていき、薄い黄緑色をした審神者の霊力が、光の粒と混ざり合って形を整えていく。そうしてできた人型の真ん中から、輝きが一層強くなり、バチバチと反発し合う音が聞こえる。
いつ見ても、その光景は美しかった。が、残念なのは審神者の着ている服がただのジャージという点だった。今更服装に対してとやかく言うつもりはないが、非常に残念だと言わざるを得ない。
ただこの美しい光景は、この本丸の中で俺しか見ることを許されない。初期刀だから、と言われればそうかもしれないが、審神者曰く、顕現させるにあたり慣れ親しんだ存在が近くにいると安心する、と言うのだ。初期刀である特権と思えば、悪くないと思える自分がいた。
パキン、と薄い陶器が割れるような音がして、前を向くと、真っ白い存在が視界に飛び込んできた。
「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」
ヒュッ、と小さく、審神者の息をのむ音が聞こえた。今審神者が考えていることが、手に取るようにしてわかる。「最悪だ」と思っているに違いない。その証拠に、ギギギ、と音がなってもおかしくない動きで、俺を振り返り顔を引きつらせたのだから。
「ん?俺を見て驚かないのか?」
首を傾げた鶴丸に、はっとなって向き直った審神者は、あーとかうーなどと歯切れの悪い声をあげ「よろしく、お願いします…」と気まずそうに頭を下げた。それを怪訝な顔で見ていた鶴丸が口を閉ざしたのを見て、問題が起きなければいいが、と心中で呟いた。
「山姥切」
「なんだ」
「今のでいくつ?」
「十三だ」
「………、そう」
たったそれだけの会話で、審神者が何を言いたいのかわかってしまうあたり、俺もこの審神者の考えに毒されていることに気付いた。それをあからさまに言葉にするのは鶴丸に悪いと思い、審神者が余計なことを言う前に頭に描いた要件のみを伝えることにした。
「明日以降、第一部隊が大阪冬の陣エリアを片づけてくる。あんたは刀装の補給と、隊員を決めておいてくれ。俺は他の者に今のことと、鶴丸のことを伝えてくる」
「………あぁ、うん。頼んます」
「?、俺は一緒に行かなくていいのか?」
「お前は…」
「鶴丸国永はここで私とお話しがあるので、みんなへの紹介はその後、です」
「話?」
困惑した表情で審神者を見る鶴丸の視線から逃げるように俺へと視線を寄越す審神者に、これ以上手を差し伸べる必要がないと判断し、ふいと逸らす。
「………ちゃんと話せよ」
「ぅぐ…」
恨めし気に俺を見つめる審神者を振り払って、部屋を後にした。一人になって、大きく息を吸って吐き出す。
顕現されたのは新しい刀だった。それも手に入れるのが難しいとされていた鶴丸が、ドロップ刀としてこの本丸へやってきたのだ。審神者が望まぬ形として手に入ったけれど、手に入ったからにはちゃんと面倒を見る人間だと知っている。だからこそ、新しく手に入れた刀には言わねばならぬことがあった。
ここの審神者は鍛刀をしない。必要最低限の刀剣しか手元に置かないのだ。
今この本丸にいる刀剣の数は、鶴丸を入れて十三となった。一部隊に六人が配属される中、うまい具合に実戦と遠征を繰り返していたところに、一振り増えたのだ。ということは、第三部隊を作らなければいけなくなった。第三部隊を作るためには大阪冬の陣を突破しなくてはならないのだ。
顕現前に言っていた「気が重い」という言葉、今になってしみじみと効いてきた。新しい仲間が増えることは本来喜ばしいことのはずだ。それが鶴丸国永という刀ならば尚の事。けれどこうなることを危惧して、あの時の和泉守の態度、刀を受け取ったときの審神者の表情の変化は正しかったのだと思った。
どうかこれ以上、審神者の狭い腕の中が溢れてしまわないようにと、願いとしてはあまりにも悲観的すぎる内容に自分のことを写しだと卑下する以上に気が滅入ると感じてしまった。
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