江戸川コナンという小学生の男の子がいる。
ある時、事件に巻き込まれたわたしを颯爽と現れて助けてくれた見ず知らずの小学生の男の子だ。
「君は一体、何者なの?」
「…江戸川コナン。探偵さ」
今思えば頭おかしいんじゃないかと疑う場面だが、吊り橋効果というべきか。正直めちゃくちゃカッコよく見えたのだ。だってよく考えてもみてよ。普通に自己紹介されたら江戸川コナンってDQNネームじゃないのか?大丈夫?学校でいじめられてない?お姉さんちょっと心配…。
勢いで「え、好き」って告白したら「そんなことより早くここから脱出しないと!」とキレられてしまい、わたしの告白は完全に流されてしまった。っていうか小学生にキレられる大人ってどうなの。
小さい体で一生懸命わたしを助けるために脱出ルートを確保してくれた小さな探偵さんは、現場に到着した警察の人に事情を説明し、怪我をしてるわたしの腕にハンカチを結んでくれて極めつけに「お大事に」って。これが恋に落ちないわけあるかっての。
そのあとどうしてもお礼がいいたくて警察の人に頼み込んで彼の住んでる場所を聞きだした。それがなんと世間を騒がせている眠りの小五郎さんの家で一緒に住んでるとかなんとか。そういう俗世のことに興味のないわたしでも名前だけは知っている人だった。
思い切ってお宅へ伺うと彼は小学校へ行ってて不在だと酔っぱらったおじさんが言っていた。それもそうだ。平日の昼間なんだからあれくらいの子供が学校に行ってないわけがない。
もしかしなくてもこの酔っぱらったおじさんが眠りの小五郎さんなんだろうか?と首を傾げたが、いかんせん名前は知っていても顔を知らなかったため特に気にすることなく毛利探偵事務所を後にした。
酔っぱらったおじさんに聞いた彼の通っている小学校に行くと、丁度児童たちが下校する時間だった。
いい機会だと思った。もう一度彼に会ってこの心臓が跳ねるようなら、吊り橋効果じゃなく本気で恋をしてるんだって確認できると思ったのだ。
「コナンくんに哀ちゃん!またね〜!」
「おう。気を付けて帰れよー」
「またね」
そんなやり取りが聞こえてきて遂に彼に会えるんだとドキドキした。っていうか彼も同じ子供なんだから気を付けて帰るのは一緒だろうに。
彼が近づいてくるであろう曲がり角に背中をピタリとくっつけて、忙しく動く心臓をなんとか鎮めようと必死になっていると「あら」と女の子が先にわたしの存在に気付いた。「ん?」と彼が視線を向けた先にいたわたしはきっと変な顔をしていたと思う。
しばらくお互い顔を見合わせていると、彼は少し首を傾げていたが自分の記憶を引っ張りだしてきたのだろう。表情がわずかに明るくなった。
「あの時の!」
「はい。あの時の者です。その節はどうも…」
「知り合いなの?」
「この間の事件でちょっと…」
「そう」
なんだろう、この二人の間に漂う熟年夫婦感は。
本当に小学生なんだろうか?
「どうしてここに?もう怪我は大丈夫なの?」
「怪我は…たいしたことありませんのでお気になさらず」
「ふーん?ならどうしてここに?」
もう一度、彼がそう聞いた。
その問いかけに、わたしはなんと答えたらいいか考えあぐねたけれど、彼の隣で鋭い眼光を寄越してくる女の子の視線に下手な嘘は言えないだろうと観念した。
「君に、どうしてもちゃんとお礼が言いたくて…」
「よくここがわかったね?」
「警察の方と、酔っぱらったおじさんが教えてくれました」
「酔っぱらった?あぁ、なるほど…」
思い当たる人物を描いて納得したのだろう。
呆れた顔をした彼はすぐに子供の顔に切り替えた。
「改まってお礼なんて別によかったのに!こんな子供にさ!」
思わずわたしは顔をしかめてしまった。
わたしは彼の発した言葉の所々に違和感を感じた。そして瞬時に理解した。
こんな子供に、なんて彼は言ったけれど、彼はきっと小学生の皮を被った"何か"だと思った。小学生らしからぬあの時の雰囲気を間近で見たわたしの感想としては、だけど。
そもそも助けてもらった人に対してお礼を言うのは、それが年下だろうが年上だろうが関係ないのではないだろうか。
それとも彼にとってわたしを助けたことは、彼の日常の一コマに過ぎず、思い出さないとわからないほどの忘れてもいい事だったんだろうか。
何故だかそのことがとても悲しいと思えたわたしは、彼が思い出さなくてもいいように、彼の日常の一部になりたいと思った。
自分の気持ちが心の中で固まっていくのを感じながら、それに名前がつくのをすんなりと受け入れたのだ。
「あの時は助けていただいて本当にありがとうございました」
「えっ、ちょっと…」
「あの時は華麗にスルーされてしまいましたが…改めまして、君のことが好きです。小さな探偵さん」
「ええっ!?」
「冗談だよね?」と引きつった顔をした彼に「至って真剣です」と答えると更に引いた顔をした。なにその顔ちょっと傷付く。
その様子を見ていた女の子が、どこか冷めたように「彼を好きになるのはやめなさい」と言った。
「彼、もう想い人がいるから」
「お!おい!灰原っ!」
「え!そうなの?まさかあなた?」
「やめて。それこそ冗談でしょ」
「ご、ごめんなさい…」
思わず女の子に言ってしまった言葉に対し、心底嫌な顔で睨まれたわたしは間髪入れずに謝っていた。
小学生に謝る大人の図。はたから見たら異様でしかない。でも有無を言わさぬ眼力がある女の子に、わたしは本能でこの子には逆らっちゃいけないヤツ、と心に刻んだ。
女の子のほうをジト目で睨むように見ていた彼は、わたしが少しショックを受けているのに気付いた。
そう。わたしはショックを受けていた。最近の小学生は結構ませているのだから、好きな子の一人や二人いてもおかしくはない。けれども、ショックを受けるほどにわたしは彼のことを好きになっていたのだ。
この気持ちはわたしが過去に恋愛したときのそれだった。年齢差がありすぎると世間は言うだろうけど、だからなんだってんだ。
「大人からこんなこと言われて君が困るのは承知の上です。ですが何故か、君に嘘は通用しない気がしたんです。それに…、わたし君は小学生の皮を被った"大人になりきれない何か"だと思いました」
「「!」」
「そこらへんの小学生とは明らかに違うし、言い方を変えると異質だと思いました」
同時に鋭くなった二人の眼光を受けて、わたしの空想論はますます現実味を帯びた。
これはきっと当たってる。やはり彼は"何か"であって、もしかしたら隣の女の子はその秘密を共有する存在か、もしくは女の子もまた"何か"なのかもしれない。
「だってそうでしょう?見ず知らずの人間のために、どうしてあそこまで必死に動けるのか。それは君が命のなんたるかを理解しているから。君自身の曲げられない信念があるからだと思いました。最近の小学生はませていますが君のそれは他とはちょっと違う気がします…」
「「………」」
「なぜ"大人になりきれない"と言われたかわかりますか?」
わたしの問いかけに、彼は無言のままわたしをじっと見つめ小さく首を横に振った。
その目は鋭く、もはや小学生の男の子ではなかった。
「それは君が妥協を知らないからです。このへんでいいや、という甘えを決して許さず、最後まで足掻き続けようとするからです。わたしを助けてくれたときの君は、まさしく小学生らしからぬ存在であり、そんな姿を見て好きにならない人はいないと思ったのです。いい加減な気持ちだとか、吊り橋効果だとか、頭がおかしいとか、そういう陳腐な理由で言ってるわけじゃないってこと、わかっていただけたら嬉しいです」
小学生に話す内容じゃないってのは痛いほどわかってるが、わたしの言ってることを理解する脳を彼は持っていると信じている。
けれど彼の足もとを見ながら言った言葉に対し、彼とその隣の女の子の反応を見るのがすごく怖かった。もしここで、彼がわたしの言う通りの人間だったのなら、どうしてわかったの?なんて確信めいたことを言うだろう。けれど賢い彼のことだからすっとぼけてなかったことにするのかもしれない。
あくまでただの小学生をわたしの前で演じ切るのであれば、わたしは大人しく彼の元から去ろうと思った。彼が小学生の男の子を演じるのなら、四の五の言わずにその姿を受け入れようと思った。
ただ彼がわたしの言ったことを認めるのなら、わたしは今の自分の気持ちを諦めることができないと思った。だから、彼がどう考えてどう行動に出るのか、怖くてたまらなかったのだ。
「あなた、名前はなんていうの?」
思ってもなかった存在から、思ってもない質問がふってきた。
彼の隣にいた女の子が、あの鋭い眼光をやめて首をかしげて聞いてきた。え。可愛い。
「えっ?そっ、そういえば名乗ってなかったですね…。名字名前と申します」
「私は灰原哀。よろしくね」
「え!?あっ!はい!よろしく、お願い、します…?」
「おい灰原…?」
「彼の名前は知ってるの?」
「江戸川コナンくん、ですよね…?」
わたしのことをじっと見つめた女の子、もとい灰原哀ちゃんは両手でランドセルの肩ひもを握りながらわたしへと近づいてきた。
「こんなところで立ち話もなんだし、私の家に行きましょ」
「え?え?え?」
「ただし、江戸川くん。あなたとはここでお別れよ。じゃあまた明日、学校でね」
「は!?」
「え!?あの!ええっ!?」
「ほら行くわよ名字さん」
ぱしっと小さな手に掴まれたわたしの手首は程よい強さで引っ張られ、彼へと向いていた体は強制的に背中を向ける形となった。
うかがうようにそろりと顔だけ振り返れば、彼はなんだか納得のいかない表情でわたしたちを見届けていた。
離れていくたびに小さくなる体はどこからどう見ても小学生のそれなのに、醸し出す空気や立ち姿がひどく不釣り合いだなぁと思いながら、わたしは女の子に引っ張られ後ろを振り向くのをやめた。
そういえばわたしの告白、また流されたんじゃない…?
気づいた瞬間悲しくなったけど彼との縁はまだ繋がっている気がしたのは、わたしの手を引く小さな女の子の存在のおかげかもしれない。
身を焼き尽くすような青がわたしを掴んで離さない
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