好きになった人が異性じゃなかっただけの話。ただ、それだけの話。
ハローグッバイ
好きになったきっかけは笑顔。それも、わたしに向けられるものではないそれに左胸を射抜かれた。
わたしが知る彼女のことは全て、周囲から聞こえてくる情報だけで構成されていて。信憑性のない根も葉もない噂話だけど、確かに真実も混じっていて完全なる虚像とは言い切れなかった。
だけどそれでも彼女を織りなす成分として非常に美しく出来上がっていたと思う。
そんな彼女が今、悲しげな顔をしている理由にわたしは大いに心当たりがあった。それについてはまた今度詳しく話そうと思う。
「どうしたの?」
登校時間には早すぎるせいか、わたしと彼女以外この場所に人はいない。話しかけるには絶好のチャンスだと思った。
わたしの声に大袈裟なほとビクリと反応した彼女は、焦ったように笑ってなんでもないと言った。なんでもないはずがない。普通ならそこにあるはずのものがないのだから。
「足、何センチ?」
「え?」
「22センチ?」
「え、あ、うん…」
「そ、じゃあこれ履いて」
「え!?」
わたしが自分の靴箱から取り出した上履きを見て、彼女はいいよ!と断った。
「でも、ないんでしょう?自分の上履き」
「えっ…、どうして…?」
「桃井さんは有名だからね」
「わ、たしが?」
「いいの?時間なくなるよ?バスケ部の朝練行くんでしょう?」
「あ!忘れてた!時間やばい!」
「桃井さんの上履きはわたしが代わりに探しといてあげるから。とりあえずあなたはこれを使って体育館へ行けば?」
「でも…!」
「ほら早く」
「…う、うん」
手渡した上履きを見ながら、まだ戸惑っている彼女にわたしはちょっとだけ笑ってしまった。それを不思議そうに見ていた彼女だったけれど、ようやくふんぎりがついたのか彼女は初めてわたしに笑いかけてくれた。
一瞬にして、わたしの視界、いや、世界が眩しいくらい鮮やかに色づいた。その時初めて、わたしが今まで見ていた世界がモノクロだったことを知った。
「どうもありがとう。これ、借りていくね」
「あ、うん…」
「本当にありがとう!」
「…うん」
わたしの靴を履いて忙しなく体育館のほうへ走って行く後姿を、ただただ呆然と見送っていた。綺麗な桃色の髪が揺れる。わたしの心臓が、どくどくと早くなる。
部活頑張ってね、とか。わたしのことは気にしないで、とか。気の利いた台詞なんて一切口から出てこなかった。
彼女のローファーが置かれた靴箱を見て、わたしはそれをそっと自分の靴箱へと入れた。自分のと彼女のと、二つの靴が置かれた狭い箱の中には、わたしが常に望んでいる世界が出来上がっていた。
「(無機質のものでなら、こんなにも簡単に出来上がるというのに。現実はやっぱりうまくいかないや)」
先程の笑顔が、何度も何度も脳内で再生されて。壊れたビデオデッキのように止まることを知らない。
おもわずその場にしゃがみ込んで彼女の残り香を必死にかき集めた。
吸って吐いて、吸って吐いて。早朝の冷えた空気と一緒にわたしを満たしていくそれは、わたしの心の底からじわじわとある感情を溢れ出させてくる。
「はぁ…。好き…」
静寂に落した言葉は短くとも重くて、だけど簡単に消えてしまうくらいとても儚い存在で。
「…好き…」
確かめるように、噛み締めるように、刻み込むように。ここにはいない彼女へと心を込めて、届くことのない愛を贈りたい。
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