誰もいない静かな教室で一人、本を読む時間が特に好きだった。だからみんなよりは少し早く学校へ行くのが日課になっていた。でもまさか、今日彼女に出くわすなんて思ってもいなくて。
何気なく見ていたおは朝の占いで、自分の星座が一位だったことをふと思い出した。占いなんて信じてなかったけれど、こういう日は信じてみてもいいんじゃないかと思えたわたしって現金だよね。

素晴らしい世界

とりあえず今日の読書は中止して、彼女の上履きを探すことに専念しようと思う。
この時間に誰かが登校してきてまで靴を隠すのは考え難い。となると、昨日の放課後、それか遅くまで部活動をしていた生徒がしたということになる。

朝練のときは上履きに履き替えてから行ったほうが後が楽だとバスケ部の人が言っていた気がする。逆に放課後の部活動では外履きに履き替えてから体育館へと行くらしい。

放課後に靴を隠すのなら、多分教室ではない。ということは外。となればもう行く場所はあそこしかない、と踏んで、わたしは裏庭の隅にある焼却炉のほうへと足を運んだ。
早朝とはいえ、まだ完全に太陽が昇っていない今、焼却炉のある場所は日陰ということもありかなり薄暗い。探すには悪い条件が揃ってはいるものの、一応確認してみなければ意味がない。

少し錆びた焼却炉のとってを掴み、ギィと開けてみると、燃やされていないゴミ袋と一緒に女子生徒の上履きが無造作に放り込まれていた。
かかとのところにローマ字で「MOMOI」と書かれたそれを取り出して、軽くはたく。幸い他のゴミは袋に包まれており、目立つ汚れはなかったにしろ、所々破れていたりと傷が目立つ。

彼女の性格からして、手荒く使っていたわけではないはず。けれど少なくない汚れや傷は、彼女の今現在の状況をありありと物語っているようにも見えた。
キセキの世代と呼ばれる人達がいるバスケ部で、マネージャーの仕事をする彼女は良くも悪くも有名である。どうやら本人はそれを知らないらしいのだけれど。まぁそんなこと、知らなくていいんだけどね。

マネージャーだからという理由で簡単に彼らに近づき、会話し、笑いあうことができる彼女を疎ましく思う女子はすごく多い。たとえマネージャーをしていなくても、あの容姿にあの体系。他の男子がほっとくはずがない。
それでもバスケ部のためにと動く彼女の裏側を、サポートされている彼らは気付いていないのだろうか。いや、きっと彼女のことだ。それすらも悟られまいと必死に隠し通しているんだろう。

じゃあ彼女の苦しみや痛みは一体誰が理解してやれるのか。そう思うと心臓がぎゅうっと締め付けられる気がした。
そのための、わたしという存在なんだと思った。

バスケ部が奏でるボールとバッシュの音を聞きながら、体育館に来たわたしは桃色の影をひっそりと探した。目がその影を捉えた瞬間、小さく、けれど確かにとくんと脈が跳ねた。
真剣にスコアを書いているのだろうか?バインダーとペンを持って顔を何度も上げたり下げたり。時間を確認しては笛を吹いて選手たちに何かの指示を下したり。その次にはぱたぱたと走り出してスコアボードを移動させたり、選手にドリンクを渡したり。小さいサポーターが頑張っている姿を見て、わたしは何故だか鼻の奥がツンとした。

こんなにも頑張っている人がいる。忙しくても、疲れていても、笑顔で対応して元気を分けている人がいる。そんな人がどうして、こんな傷を負った靴を履かなくてはいけないのか。
あなたはいつ、どこで、誰に、弱音を吐いているのだろうか。あの小さな背中に、どれほどの感情を背負っているのだろうか。わたしはそれが知りたい。わたしはそれを共感したい。わたしはそれを受け止めたい。

体育館に響く彼女の声を聞きながら、わたしは持ってきた上履きをぎゅっと握りしめた。

今日のわたしの運勢を全部あなたにあげていいと思えるほど、あなたにとって毎日が素晴らしい世界でありますように。そのためになら、わたしに与えられるはずだった素晴らしい世界は無くなったって構わないんだから。

本当に泣きたいのは彼女のほうなのに、わたしの視界が揺らいでいくのはきっと間違ってるよね。


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