朝練をしているときにふと視界に入った制服の女の子に、オレは眉をひそめた。体育館に女の子が来るイコール、オレのファンという方程式が瞬時に頭に浮かんでしまうのは自意識過剰とかではなく。実際にそういうことが多いからこれはもうしょうがない。
一人で見に来た勇気は多少なりとも認めてやろうかと思ったけれど、今日こそはガツンと言ってやろうかとも思った。けれどオレはすぐにその子に対する違和感に気付いたんだ。

なきむし

目が合わない。
オレを見に来たのなら、オレが女の子を見たときに目が合うはずなのに。オレがあの子を見つけてから今まで、一度も目が合わないことが不思議だった。
オレを探している風でもない。きょろきょろもしてない。ただ一点をじっと見つめている女の子は、それしか見えていないとでも言うかのようだ。

何を見ているのか。女の子の視線を辿ると、行き着く先には桃っちがいた。一瞬、ん?、と首をかしげてもう一度女の子を見ると、やっぱり視線は桃っちへと注がれていた。けれど話しかける様子もなく、ただ入口からひっそりと見つめていた。
オレはそんな女の子の様子をますます不思議に思いはしたが、赤司っちに集中しろと怒られたからそれっきり女の子の姿は確認していない。

「(オレじゃないときとか、あるんだ…)」

なんだかすごく珍しいものに出会えたような、心をくすぐる言い知れない感情が芽生えた。

ようやく朝練が終わってストレッチをしてから着替えに行くときに、あの女の子の存在を思い出して先程いた場所に目をやると、そこにはまだあの女の子がいた。
さっきと違うのはもう桃っちを見てはいなくて。膝を抱えて小さくなってる姿に思わず駆け寄ろうとした自分に驚いて慌てて足を止めた。

「(オレが?自ら女の子の元へ行こうとするなんて…、ありえねー…)」

でも気になるし、でも自分から行くのはいやだ、と心のなかで妙な葛藤をしていると、いつの間に隣にいたのか、黒子っちが女の子のほうを向きながら知り合いですか?と聞いてきた。

「や、知らないっス」
「黄瀬君のファンではないみたいですし、やっぱり桃井さんに用があるんですかね?」
「え?黒子っち知ってたんスか?」
「彼女、朝練の途中から来ていましたけど、黄瀬君ではなくずっと桃井さんを見ていたのでそうじゃないかと思ったんです」
「!、さっすが〜!黒子っちの観察力やっぱすげーっスわ!」
「…桃井さんに教えたほうがいいんでしょうか?」
「んー、練習終わったのに動かないし…桃っち呼んでみる?」
「私がなぁに?」
「桃っち!ナイスタイミング!」
「どうかした?」
「桃井さん、入口のところで座っている人、知り合いですか?」
「え?」

オレと黒子っちの視線の先にいる女の子のことを聞けば、桃っちは少し考えるような素振りを見せた。それからすぐにあ!、と反応して女の子のほうへ駆け寄って行った背中をぼんやりと見届けた。
気付いたら隣に黒子っちはいなくて。現れるときも去るときも黒子っちらしいと思いながら、オレは二人の様子をなんとなく最後まで眺めていた。

桃っちに声をかけられ、伏せていた顔を上げた女の子がどんな顔をしていたのかはここからじゃわからなけれど、桃っちの慌てようからして泣いていたんじゃないかって思った。困惑する桃っちが多分何かあった?と聞いたのだろう。首を横に振るだけで女の子は何も答えない。
そっと女の子が持っていたものが桃っちへと渡された。遠目でもわかるそれは上履きで。受け取った桃っちが困ったように、けれど柔らかく笑った。声は聞こえなかったけれど、桃っちの口は確かにありがとうと言っていたと思う。

それを見て女の子がぎゅ、と桃っちを抱きしめたのが見えて、オレは柄にもなくドキッとした。桃っちとそんなに変わらない背と体格なのに、何故か女の子のほうが小さく感じた。
驚いている桃っちの表情が見えるけれど、何を言ってるのかはあそこにいる二人にしか聞こえない。

近付けばそりゃ聞こえるかもしれないけれど、ここから先はオレなんかが踏み込んじゃいけないんだって思わせる空間へとなっていた。っていうか、踏み込みたくても踏み込めないくらいオレの足は地に縫い付けられたみたいに動かなくて。顔を固定されたかのように、その二人から目が離せなかった。

抱き締める女の子に縋るように、次第に桃っちの表情が歪んでいって。涙がこぼれる寸前で女の子の肩口に顔を押し付けた桃っちに、女の子の腕の力がさっきよりも強くなった気がした。
秘密の花園、だなんて大袈裟なことを言うつもりはないけれど、それに近いものがあったのは確かで。

「(桃っちのあんな顔、初めて見た…)」

早く用意しないとホームルームに遅れるだとか、このままじゃチャイムが鳴ってしまうだとか、そんなことわかってる。けれど今、あの二人を引き離すことができないオレは、せめてあと少しの時間でもゆっくりできるようにと、着替え終わって出てくるであろう部員の足止めくらいはさせてもらおうと思う。

悲しいときはいつでも思いっきり泣けばいい。たとえそれがなきむしだって言われても、そのあとたくさん笑えるならそれはきっと悪いことじゃない。

女の子同士でしかわからないことがきっとある。それは逆もしかり。でもオレたちより泣くことが許されているのだから、その特権は惜しみなく存分に使うべきだとオレは思うわけ。
放課後にはまたいつもの桃っちの笑顔が見れますようにと、そう願うことが少しでも許されたらいいって思うのは、ほんの少しの罪悪感がオレの中にあったからで。

知り得ない事情のはずなのに、なんとなくそうじゃないかって思ってしまったら嫌にしっくりときたそれに、オレも一緒に泣きたいと思った。


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