あなたが私のために泣いてくれたから、私も私のために泣くことができたの。だからありがとうって、何回言っても言い足りないくらい感謝してる。

上履き、貸してくれてありがとう。見つけてくれてありがとう。持ってきてくれてありがとう。

名前も知らない、今日初めて会ったあなただけど、どうしてかな?一生大切な友達でいられるような、そんな未来が見えた気がした。

忘れかけた黒い夢

上履きのことがあってから、私と彼女は今まで以上に親しくなった。中学校に入ってからは、クラスメイトと呼べる子はいても、心から友達だと思える子はいなかった。
だから、そんな特別な存在がようやくできた私にとって、今までのつまらない日常が一変した。見るものすべてが色鮮やかになって、大ちゃんに冷たくされたって全然平気で、他の女の子からの嫌悪の籠る視線だって軽く流せちゃうくらい。世界が180度ぐるりと変わっていった。

それが嬉しくてしょうがなくて、どんな些細なことも全部報告しちゃうくらい、私は彼女のことが大好きになっていた。その分失った時の反動を予想すると夜も眠れなくなるほど怖かったけれど、それはない、と断言してくれた彼女の言葉を今はただ信じようと思った。

「あ〜ぁ、もっと早く名前と出会いたかったなぁ。そしたら私、あんな無駄な時間過ごさなかったのに」
「無駄な時間?」
「つまんない毎日のこと」
「そっかぁ…うん、そうだねぇ。わたしも、もっと早くにさつきと出会っていたら、さつきがあんな思いしなくて済んだかもね」
「!、やだなぁ名前!私そんなつもりで言ったんじゃないよ?」
「わかってるよ」

彼女と一緒にいてわかったことは、彼女の世界が私を中心に回っていることだった。何をするにも私のことを一番に考えてくれて、周りなんか見えていない。彼女の目に映るのは、いつだって私だけだった。
それが気持ち悪いとか、嫌だなぁとか。そんな風に思うことはなかった。むしろ大事にされていることにちょっとだけ嬉しかったりもした。

男の子みたいに、それはフツー彼氏がすることじゃないの?って思う言動や行動もたまにはあるけれど、行き過ぎたものではなかったから全然大丈夫だった。

「大ちゃんがね、なんかあったのかって聞いてくるの」
「え?」
「あ、違うよ?嫌がらせとかそういうニュアンスじゃなくてね、最近私が楽しそうに過ごしているから良いことでもあったのかって」
「ふーん?」
「もちろんあったよ!って言ったら教えろってせがんでくるんだけどね、言ってやんないの!だってくだらないって笑われそうなんだもん。それに、名前は私の大切な友達だから、たとえ大ちゃんでもくだらないなんて言われたら絶対喧嘩しちゃうよ!」
「あはは、さつき結構強いもんね。喧嘩」
「大ちゃんには8割の確率で勝つよ!」
「そりゃすごい。でも夫婦喧嘩も大概にね?」
「もぅ名前ったら!大ちゃんとはそんなんじゃないって言ってるのに!私が好きなのは「はいはい、黒子でしょ」
「そうだよ!うん、わかればよろしい!」
「ふは!それで?その黒子と今日はどんなことがあったの?」
「やっと聞いてくれた!あのね、今日はね!」

他愛無い会話に花を咲かせることがこんなにも楽しくて。私ばっかりだけど恋バナだってたくさんしたくて。彼女と過ごす時間はあっという間に終わってしまうから、これは私が見ている夢なんじゃないかって思ってしまう。この幸せな時間は私が作り出した幻想で、試合終了の笛と同時に覚めてしまうような儚いもので。名字名前なんて女の子、本当はこの世に存在しないんじゃないかって。

そんなことを思ってしまうほど、私にとって彼女という人間は必要不可欠なものになっていて。こんな失礼なこと考えちゃうなんて、私きっとどうかしてる。

「そういえばこの間ね、きーちゃんが名前について聞きたいって言ってきたんだけどね」
「黄瀬が?なんで?私接点ないけど…」
「だからじゃない?」
「はぁ?」
「だって女の子ってみんなきーちゃんに近付きたがるでしょ?」
「全員が全員そうとも限らないと思うけど」
「その限らない女の子の一人として、興味持ったんじゃないのかな?」
「いつそんな興味を持たれるようなことをしたのかまるで身に覚えがない」
「ほら、初めて私たちが会った日、私の上履きを持って体育館に来たでしょう?あの時きーちゃんとテツ君が名前のこと見てたから…」
「へぇ?全然知らなかった。さつきしか見てなかったから」
「そういうところに興味持ったんだと思うよ。全然自分のことを視界に入れない女の子があまりにも珍しかったんじゃない?ほら、きーちゃん何かと有名だから」
「ふぅん…」

まるで興味ない、そんな言葉が出てきてもおかしくないくらい、彼女の態度は火を見るよりもあきらかだった。

彼女らしい、と笑う私の心の中では、何かもやもやとしたものが溢れてきて。きーちゃんが彼女について何をどんなふうに知りたいのかはわからないけれど、いいよ教えてあげる、と笑って言ってあげられるほど私の心は広くない。

「もしかしたらきーちゃん…」
「ん?」
「(名前のこと…)」

それ以上は言葉にしたくない。いやだ、たとえきーちゃんでも、私からまだ彼女を奪わないでほしい。こんなのただの私のいき過ぎた妄想かもしれないけれど、実際のところなんて誰にもわからない。
たとえ興味を示さない彼女でも、もしかしたらってことを考えると怖くてたまらなかった。彼女の隣に立って、彼女と共に笑いあうのが私じゃなくて他の誰かだなんてそんなの絶対にいやだ。
絶対にいやなのに、私の幸せを彼女が願ってくれる分、私も彼女の幸せを願わなくちゃいけないのなら、こんなにも辛いことってこの先きっとないよ。

「名前、今好きな人いる?」
「ううん。いない」
「本当に?」
「うん、いないよ。さつきには嘘言わないから」
「そっかぁ、じゃあもし名前に好きな人ができたら一番に教えてね!」
「いいけど、当分ないと思うよ?」
「いいの!それでも、約束ね!」
「…うん、約束、ね」

絡めた小指は思ったよりも弱々しかった。ああ、彼女もやっぱり女の子なんだなぁって思った。
そう思うと、いつか彼女にも好きな人ができて、私と一緒にその人のことを嬉しそうに話したりするのだろうか。その時私は今の彼女みたいに、優しく笑って続きを聴けるだろうか。
想像した未来に胸が痛い。それもこれもきーちゃんがあんなこと言うからだ。きーちゃんのバカ。

まさか自分の中にこんな黒い感情があるだなんて知らなかった。
彼女の存在は、言うならば依存性の高い毒のようだと思った。浸食されて犯されて、知ってしまったらもう元には戻れないくらい。解毒方法なんてどこにもない。あっても知りたくない。

彼女は私の、一生大切な友達なんだから。


ALICE+