睨まれたとき、背筋がぞくりとした。あんな冷たい物言いに、なぜだかわくわくした。
オレの中にある絶対的な確証を前に、彼女はどこまでその姿勢を保っていられるのだろうか。
コーヒーとシュガー
目的がオレじゃないってことが珍しくて、そういう素振りをする女の子もいるということを頭で理解しながらも、彼女は本当に違うんだって思えた。
だから気付いた。だから近づこうと思った。彼女なら大丈夫、そんな根拠のない自信が湧き上がるほど、似たもの同士だと思えたんだ。
オレが話しかけることで彼女の顔が歪むのは目に見えていた。オレの言葉に聞く耳を持たずに去ろうとするのも、その次に吐くオレの言葉で簡単に引き留められることも、全部想定の範囲内で。
全てが思い通りに行き過ぎて、ああだめだ、笑ってしまいそうだ。
「ここじゃなんだし、屋上にでも行かないっスか?」
「………」
「あ、大丈夫!オレ先に行ってるし!後から来てくれればいいっスから!」
「へぇ意外。無理矢理連れて行かないんだ?」
「そんなことしなくても名字さんは来るでしょ?なんてったって、桃っちのことなんだから」
元から逃げるという選択肢は与えていない。命令に近いお誘いに、少し考えてから早く行け、と言った彼女に、オレはやっぱり心の中で笑ってしまう。こうも簡単に、彼女の意思を揺るがすなんて。
桃っちの存在がいかに彼女の軸になっているか、答えなんか聞かなくてもわかる。だけどそれは誰もが見てわかるものじゃない。オレだからこそ理解できたと自負している。
オレが屋上についてから10分後くらいに彼女は来た。随分とゆっくり、一段一段慎重にのぼってきたと思える足取りに、別に取って食ったりはしないのにと茶化す。そんな冗談に付き合ってくれる彼女でもなく、オレの顔を見ずに口を開いた。
「話ってなに」
あの日、朝練の最中に来たときからすでにオレと彼女はこうなるべきだったんだ。寄り添うようにお互いを抱き締め合う二人を見て、少しの罪悪感と共に生まれたのは同士だという共感だった。
「こんなこと、遠まわしに言っても意味がないっスからね。単刀直入に言うけど、あんた、桃っちのこと好きだろ」
「はぁ?」
「もちろん好きの意味は、女の子同士がよく言うその場のノリじゃなくて。もっと深く重い、恋愛感情としての意味っスよ」
「!」
「桃っちのこと、恋愛対象として見てるだろって、聞いてんスよ」
初めて、今まで強気だった彼女の瞳が揺れた。紡ごうにもうまく言葉にならない声に、動揺が隠せないでいる。
この世の終わりのような、オレにバレたのが心底悔しいとでも言いたげな顔に、オレは次なる言葉を選んでいた。
「…それが何?学校中にバラっすって?そんなことを言うためにわざわざわたしをここへ呼んだの?」
「勘違いしないでほしいんス」
「何が!」
「それより先に、さっきのオレの質問に答えてくんないっスか」
「っ!」
「桃っちのこと、恋愛対象として好きなんスよね?」
今にも彼女の口から飛び出しそうな桃っちへの本当の気持ちを、オレに話さまいと必死にこらえている姿に今の自分がだぶる。
「………、そうよ」
「………」
「あんたが言う通り、わたしはそういう対象としてさつきが好き」
けれど何か吹っ切れたように、真っ直ぐオレの目を見た彼女は、はっきりと、確かに、自分の胸の内を言い放った。その姿に、オレは尊敬に近い憧れを感じた。いつかオレも、彼女みたいに言えるときがくるだろうか、と。
言いたくても言えない本音を、誰かに聞いてもらえたら楽になれるってわかってはいても、周りのように簡単には言い出せない。そんな事情を抱え込んでいるオレたちだからこそ、分かり合えるものがあると思えたんだ。だから意を決して、オレは彼女を誘った。
伝えたいことがある。話したいことがある。彼女ならきっとわかってくれると思ったから、桃っちのことが好きだと認める確かな言葉が欲しかった。ちょっと、強引すぎたっスけど。
「うん、それが聞きたかった。いや、聞けてよかった」
「………」
「オレ、名字さんとなら仲良くできるって思ってたんスよ。割と本気で」
「は?なにを根拠に?わたしがあんたを心底嫌ってることくらいわかるでしょ?」
「うん、それでも。あんたにしか、あんたとしか分かり合えないって思ったから」
「話しが見えないんだけど?」
「オレもなんスよ」
「はぁ?」
「名字さん、オレもあんたと同じなんスよ」
「え?ちょ、ちょっと待ってよ。やめてよ。あ、あんたまさか、さつきが好きだとか言わないよね?」
「え?あぁ、桃っちのことは確かに好きっスよ」
「なっ!?」
「でもそれは友達として。女の子の中では名字さんの次に仲良くなれると思った子だったっスからね」
「え…?」
「ここまで言えば全部言わなくてももうわかるでしょ?オレがあんたと同じだと言った意味が」
追いかけて追いかけて、焦がれてやまない存在に引き寄せられて。その中で自然と膨れ上がった思いに名前をつけるとしたら、それは尊敬や憧れとはまた違う。恋と呼ぶにふさわしいものだったんだ。
「…オレ、青峰っちが好きなんスわ」
黄瀬涼太、人生最大の秘密を今彼女に明かそう。
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