気持ち悪い、なんて、失礼極まりないかもしれないけれど、それが正直な感想だったりもした。
気持ち悪いとそれだけを言えば語弊があるが、決して悪口ではない。なんていったらいいのか、彼の持つ感情があまりにも綺麗すぎてそうとしか言えないのだ。
「工藤くんの理解が理解できない」
「はぁ?」
「工藤くんって真っ白だよね。キッドの白さとは意味が全然違うけど」
「なに言ってんだオメー」
目の前で怪訝な顔をする彼に、きっとわたしの伝えたいことの20%も伝わっていない。それくらい言葉にするのは難しいし、彼にわたしの自論を納得してもらうにはあまりにもボキャブラリーがない。
彼は言った。殺人者の気持ちなんかわからない。わかりたくもない。と。
それを隣で聞いていたわたしはただぼんやりと凄いなって思ったくらいだ。犯人の供述を聞きながら、あーそれわかるなぁ、って思ったこと、彼にはきっとない。
彼はいつも正しい道を歩き、正しい答えを出す。たまに間違えてしまうときもあるけれど、決して道を踏み外したりはしない。
「工藤くん、もしわたしが、罪になるようなことをしたら…、その時は工藤くんが叱ってね」
「………、それは俺が叱ることで終われるような罪なのか?」
「違う、かもね」
「名前、頼むからさ、頼むから…何でもいい。悩みがあるなら相談に乗るし、戻れなくなる前に、絶対に俺に「例えばわたしが誰かを殺したいと言ったら、工藤くんはどうするの?」
「…全力で止める」
「止められなかったら?」
「止める。何がなんでも止めてやるよ」
例えば、蘭ちゃんや園子が誰かに襲われたとして。二人ともレイプされて弄ばれたあとに殺されて、四肢をばらばらにされて捨てられたとして。その犯人が平然と笑ってその後を過ごしていたとして。犯人の身元が分かったとして。
その時点でわたしは捕まえられた犯人を法の裁きにかけるだけじゃきっと物足りない。死んでいった者と同じ痛みと辱めを与えて、命をもって償ってもらわないと気が済まない。法なんかで裁くくらいなら、わたしの手で殺してやりたい。終身刑なんてなまぬるい。生きてただ死を待つなんて許さない。最終ボタンをわたし一人で押す権利をくれるなら話は別だけれど。
それくらい、殺された人間が、残された側の人間と深い絆があった場合、犯人を殺してやりたいと思う気持ちに歯止めなんかきかない。
それでも彼は止めると言う。その綺麗事を吐き出す口が、精神が、思考が、わたしには気持ち悪くてしょうがないのだ。
「殺人は罪だって工藤くんは言うけれど、それは工藤くんが強いからだよ。みんながみんな、工藤くんのようになりたいと願ってはいても、それが本当に悪いことだってわかってはいても、理想と現実は限りなく遠くて。工藤くんみたいに強くないから、復讐なんて言葉が生まれるし、死刑が存在するんだよ」
「それでも、殺人者と同じ罪をかぶらなければいけないなんて、おかしいだろ」
「わたし、復讐してもきっと後悔しないと思う」
「なんでだよ」
「罪を犯してしまったことに反省はしても、殺したい奴を殺したことに悔いはない。だから自首する人がいるんでしょう?わたしもきっとそうすると思う」
「それでもやっぱり、俺は止めたい」
「ほんと、綺麗な言葉しか吐かないね。工藤くんは」
「………」
「蘭ちゃんや園子を殺されたとき、工藤くんに憎しみは生まれないの?殺意は沸かないの?犯人を捕まえて監獄にいれたら気持ちは晴れるの?もしそうなら工藤くんって人間じゃないね。神様か聖人みたい」
それっきり彼は何も言わなくなった。
何かを考えているのか、下を向く姿を見ながらわたしも何かを言うのをやめた。ちょっと言い過ぎたかも、なんて思っていると、彼の口から本当に小さく、言葉が紡がれた。
「…れだって…」
「え?」
「俺だって、殺意くらい沸く」
「え」
「だけど、それを感情のまま実行しちまったら、今まで俺がやってきたことや言ってきたことが全部嘘になっちまうだろ」
「それはそうだけどさ、死んだ人間は生き返らない。けれど死なせた人間は生きている。本当に反省して罪を償うかどうかもわからない人間を、年月をかけて檻の中へ入れてもまた出てきてしまう。そういう危険分子がいるなら殺してしまったほうが早くない?死刑判決なんて、よっぽど残酷なこととかイレギュラーじゃない限りあまりなくない?でもきっと裁判を望む遺族のほとんどはね、死刑を望んでるんだよ。こんな奴死ねばいいのにって、地獄に落ちろって思ってるんだよ。正当防衛が許されるなら、どうして復讐で人を殺すのは許されないの?」
彼の青い瞳が揺らいでいるのがわかる。わたしの言うことをその賢い頭で理解しているけれど、彼の中にある絶対的に揺るがない信念が納得するのを全力で拒んでいる。
それでもわたしは彼に伝えたかった。こういう考えの人間もいるんだってことを。誰しもが彼のように生きられないってことを。きっと彼のことだから、わたしに言われなくても色んな場面に遭遇しているから既に知っていたとは思うけれど、所詮それは他人が織りなす悲劇であって。
それがいざ自分の身近なところで起こったとして、その時彼はいつものように冷静に事件を解決して犯人を捕まえることができるのだろうか。最愛の人間の死体を見てもなお、絶対に捕まえてやる、って気持ちだけで済むのだろうか。
「工藤くん、万が一工藤くん自身が罪を犯すときは、そのときはわたしも一緒に背負ってあげる。絶対、一人にはさせないよ」
「そんな約束、死んでもいらねぇよ」
「さっき、わたしのときは叱ってねって言ったけど、やっぱりあれ、取り消すね」
「は?」
「なんで叱られてるのか、その意味がわからないならしても同じだから」
泣きそうな顔でわたしを見つめる彼の視線に、わたしはうまく笑い返せているだろうか。もしかしてわたしも、泣きそうな顔してる?
純 潔
ゆっくりと手繰り寄せられた手をぎゅっと握って、彼は祈るようにわたしに言った。
「間違ってるとか間違ってないとか、そういうのじゃない。理屈じゃないんだ。もしもの話が本当になったとして、そんな俺に残されたのは名前しかいなんだ。それを俺が簡単に手放すと思うか?全力で繋ぎ止めるに決まってんだろ。犯人のためじゃない。死んでいった者のためでもない。ましてや、オメーの人生を考えてのことでもない。ただただ俺の、最低なエゴなんだよ」
「ふふ、やっと、人間らしくなったね工藤くん」
「俺はもともと人間だ」
「でもまだ、やっぱりどこか不完全な完全体だね」
「なぁ、この話もうやめようぜ。頭おかしくなる」
何がなんでも全力でわたしを止めると言った彼の言葉、絶対に忘れないよ。
だから、この先もしわたしの歯止めがきかなくなるようなことが起こったら、迷わずわたしを止めてみせてね。簡単に止められてしまうわたしでもないけれど。
狂気にあてられて意味のない殺戮をしてしまいそうになったら、そのときは工藤くん、わたしを殺してもいいから止めて頂戴ね。そして同じ罪を被りましょう、ってね。
かなしい衝動
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根本にある概念。わかっていても"つい"で犯しちゃう罪に、歯止めなんかききませんよね。
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