その背中を見るんが一番好きやった。守られてるんやって、愛されてるんやって、子供ながらにも酷く安心できた。
だけど、いつの間にかそれは憧れではなく、実ってはいけないほうへ実ってしまって。それは誰にも知られたらあかん、わたしだけの秘密。秘密の、はずやったんや。
「やめとき」
一言、たったそれだけのことを柔造に言われただけで、わたしの足は地に縫いつけられた気がした。
それは丁度人がいない時間を見計らったのか、誰も通らへん廊下やった。こんな静かな出張所、この話をするためだけに作られたみたいや。
「なんやの急に。なにをやめんねんな?」
「俺が言うたことの意味や。わかってんねやろ?」
「はぁ?言うてる意味がようわからんわ。しょーもないことで引きとめんといて」
「そうやって、叶わん願い抱えて一生終わるんか!アホらしいで!」
「ッ!あんたに何がわかんねん!知った口きくなや!」
一瞬にして、あの人の笑顔が脳内を巡った。今まで見せてくれた色んな顔が、走馬灯のようにフラッシュバックして、そして消えて行く。
自分の親以上に懐いたわたしを、嫌な顔一つせず受け止めてくれた優しさとか。わたしの表情一つで今どんな気持ちなんかすぐにわかってくれたりとか。
嬉しかった。更に好きになった。すき、すき、どうしてもすきや、この気持ちは消したくないんや。
「あんたに、何がわかんねん…」
「お前がこの先幸せになれへんことだけはわかる」
「わたしの幸せをあんたが決めんな」
「今やったらまだ間に合う。相手変え」
「ッ!嫌や!」
「あかん。変え」
「なんでや!」
「俺のお父やからや!」
「ッ………!」
「こないなこと、俺に言わすなや…辛いのはお前だけやあらへんえ。俺もなんやから」
嘘言うな。一生報われへん相手を想うわたしと、あんたが同じなわけあらへん。辛いわけがあらへん。
「泣くな」
「泣いてへんわボケ」
「可愛くないやっちゃな」
「あんたに可愛いとか思われたないわ」
「まぁそこがええんやけどな」
「…は?」
ずびずびと鼻水垂れ流しながら柔造を見上げると、さっきまでの怒った表情はどこいったんやら。
滅多に見ることのない、わたしには向けられることのない名前の通り柔らかい顔が、わたしへと注がれていた。
「なんで俺だけがお前の秘密に気付いたか、わからんか?」
「は?わかるわけないやろ」
「せやろなぁ。お父一筋やったお前が気付くわけないわな」
「なんやのあんた。意味わからん」
「俺はお前一筋やさかい、お父に飽きたらいつでも来ぃ」
ぐしゃり、と荒っぽくわたしの頭を一撫でして柔造は爽快に去って行った。
なんや今の。なに?今の何なん?は?ちょっと待ってちょっと待って。意味わからんくない?どういうことなん?
ああ、でも、一つだけ確かなことは言えるわ。
「誰が!飽きるわけないやろ!めっちゃかっこええんやから!」
「んなもん知っとるわ。俺のお父やぞ」
追いかけたらすぐに追いつく場所にいる柔造の背中へ叫ぶと、いつもと変わらへん声色でそう返ってきた。あかん、なんか知らんけどまた泣きそうになった。
ああ、どうして。取り返しがつくうちに柔造を好きにならんかったんやろって。今更思っても、もう遅いわ。
玉砕しても、きっと一生心に残る人なんか好きになってもうて。あたし最強のアホやんな。
「それでも、後悔なんかしてへん。八百造さんのこと…」
その先を言葉にできない理由は、とうの昔にわかってるんや。アホ。
オーロラの崩壊する瞬間
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