ヒーロー全員9時にトレーニングルームに集合!と昨日アニエスから出された指示通り集合したのはいいが…なんで集合させられたのか誰一人としてわかっていない。唯一事情を知っているアニエスも何故か9時になっても姿を現さないしで、それぞれがそれぞれ溜め息をついた。
まぁここがトレーニングルームだったからよかったものの、いつか来るだろうとマシーンを動かし始めてから3時間。俺たち以外の奴らが現れる気配がまったくない。なにがどうなってんだ?
「いつになったら来るのかしら。っていうかもう帰っていい?」
「アニエスが時間に遅れるなんて珍しいよなぁ」
「それもそうだけど…いくらなんでも遅すぎるでしょ!連絡の一つや二つ寄越してきなさいよね!」
「まぁ、なぁ…」
ベンチに座って休憩していた俺の隣で愚痴をこぼすブルーローズをなだめながら、本当に珍しいこともあるもんだ、と本日二度目の溜め息をついた。
もう少しだけ体を動かすか、と腰をあげたとき、ようやく外が騒がしいことに気が付いた。女性の怒鳴り声しか聞こえないそれが、確実にここへと向かってきている。やっときたか。
「おーいお前らーアニエスが来たみてーだぞー」
トレーニング中の奴らにそう声をかけ、みなが手をとめたとき、入口の自動ドアが開いて目に入ったものは白衣を着た長い黒髪の女性の腕を掴み、彼女に向かって怒鳴り続けるアニエスだった。
「いい加減にして!あなたにさいた時間が本当にもったいないわ!返してほしいくらいよ!」
「わかったわかった!わかったってば!だから怒鳴らないでくださいよーアニエスさんの声が頭に響いてちょー痛い」
「自、業、自、得、でしょ!!」
騒々しい二人の登場で唖然とするメンバーに気付いたアニエスが、怒りに満ちた顔でごめんなさいね、と謝罪した。謝られてる気がしないがとりあえず今は黙っておこう。
「今日あなたたちに集まってもらったのは他でもない、紹介したい人がいてね。今日から彼女があなたたちヒーローの専属医師となるから覚えてちょうだい。ヒーローとして戦うあなたたちには病気なんかにかかってもらっては困るからね。万が一何かあったときは彼女を頼るように」
ほら挨拶をして!とアニエスによって背中を思いっきり叩かれた女性はカエルがつぶれたような声を出してふらふらとした足取りで俺たちの前に出た。
腰までの長い黒髪を揺らしながら弱々しく笑って、こんばんはと一言。ちなみに今は昼でありどちらかと言うとこんにちはが正しい。
だんだん引きつっていく笑みを浮かべながら頭を押さえる彼女のおでこには冷えピタのようなものが張られていて。左手には水が入ったペットボトルを持っていた。
「えー…さきほど説明された通りでわたしからは特に言うことがないのですが…あ、そうそう名前だ。名字名前といいます。見ての通り日本人です」
「ちょっと名前!そんなことよりもあなた先に言うことがあるでしょう!」
「え?なにかありました?あ、こう見えても医師免許はちゃんと持ってますよ」
「そうじゃなくて!彼らにもあなたにも9時に集合と言っていたのよ!?それをあなたのせいでこんな時間まで待たせたのだから先に謝りなさい!」
「そりゃそうでした。えーっと、遅れてしまってごめんなさいでした」
ぺこり、と頭をさげた彼女はそのままの状態で固まってしまった。不思議に思ってみているとプルプルと震えだし、ばっと口を抑えたかと思うと若干震えた声で気持ち悪い、と言った。
「え!?ま、待って!ここで吐かないでよ!?トイレ行ってちょうだい!早く!」
「といれ…どこか、うっ…わかんな、い…!」
「そのドア出てすぐ右よ!絶対トイレまで我慢しなさいよ!」
「うっぷ…!」
「いいから早く行って!」
白衣の裾をはためかせながらばたばたと出て行った彼女を見て、ブルーローズが体調悪かったのかしら、と呟いた。それならば仕方ないな、と自分の中で納得しようとしたとき、アニエスの一言がそれを覆す。
「心配いらないわ。ただの二日酔いよ」
え、と全員が絶句するのも無理はない。
俺たちの体調管理をするために呼ばれた専属医師が二日酔いで体調を壊しているなんて。そんな事実を知ったうえで安心して体を預けることはおろか、不安と心配が入り混じってたまったもんじゃない。
「大丈夫なのかよ…」
「あんなだけど、腕は確かなのよ。腕はね」
本日三度目の溜め息をつく俺の隣では、バニーがいつも以上に深い溜め息をついていた。そりゃつきたくもなるわな。
数分後トイレから戻ってきた彼女はさっきより幾分スッキリした顔つきになっていて。それでもまだ少し気持ち悪いのか、時折微妙に表情を歪めながら俺たちを整列させた。
「えー…、これから毎週指定した曜日と時間帯にあなたたちの検診をここで行います。二人一組のペアで診ていくので今から組み合わせを発表しますね」
そう言ってカルテを支える彼女の左手の小指には、シンプルな細い指輪が鈍い光を放っていた。何故だか俺はそこから目が離せなかった。触れてはならない、俺の薬指にあるそれと同じ重さのような気がした。
他の奴らは気付いてるんだろうか、と思っても俺からその話題をふる気にはなれなくて。なんだかなぁ、と若干のわだかまりが残る。
「まずスカイハイさんとファイヤーエンブレムさんは月曜日の午前中。ロックバイソンさんと折紙サイクロンさんは火曜日の午後。ワイルドタイガーさんとジュニアは金曜日の午前中。ドラゴンキッドさんとブルーローズさんは土曜日の午後となりますので忘れずに集合してください。別の曜日や時間がいいって方はいらっしゃいますか?なかったらこれで決定しますけど」
意見をうかがうように一人一人の顔を見る彼女に、みながそれでいいと答えたので、彼女の提案は以外にも早く終決した。それを見計らったように様子を見ていたアニエスからまた唐突に支持が出される。
「じゃ、ヒーロー諸君は作業の邪魔になるからここから退室してちょうだい。明日の朝までこの部屋は立ち入り禁止。今日のところはもう帰っていいけどいつ要請がかかるかわからないからその時はよろしく頼むわよ!」
「はぁ!?なんだよそれ!」
「立ち入り禁止ってどういうことなの?」
「明日になったらわかるわよ。ほら出てった出てった!」
「わ、ちょ、おい!押すな!」
早急にトレーニングルームから追い出された俺たちを見て、申し訳なさそうに笑って見送る彼女の表情が忘れられない。ぺこり、と頭をさげたときに揺れた長い黒髪が白衣に映えてとても印象的だった。
一瞬記憶の中の女性がフラッシュバックして、俺に笑いかけた。それは俺もよく知る人物で、忘れるはずがない幻影。
しんみりとしてしまった気持ちを切り替えるために、わざとバニーに嫌な絡みをしたことを心の中で謝っておこう。ごめんなバニー。
Heroes' exclusive doctor
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