「やぁジャン」

急に現れた死神に驚きすぎて、椅子から激しく転げ落ちた俺を見て死神は腹を抱えて笑っていた。
突然のことにカッとなって「驚かすな!」と怒鳴った瞬間、ドスの利く低い声で「オイ」と言われた。
はっとなって声のほうを向けば、リヴァイ兵士長が思いっきり睨みをきかせていた。
やばい、と理解した途端、急激に血の気がなくなっていく。

「俺にはてめぇが勝手に椅子から転げ落ちたように見えたが?」
「そ、その通りです!話を中断させてしまいすみませんでした!」

お前の所為で怒られたじゃねぇか、と恨みがましく死神をこっそり睨むと、ごめん!のポーズで苦笑いをしていた。
この場所には俺以外にリヴァイ兵士長とハンジ分隊長、エレンにミカサ、アルミン、コニーとサシャがいる。
その中でもやはり死神が見えているのは俺だけのようだ。
見えているからこそ無視なんかできるはずもなく、死神が不用意に部屋を歩き回ったり兵長の近くに行ったりするからヒヤヒヤしてしょうがない。
会議の内容なんかこれっぽっちも頭に入ってこなかった。

「ジャン、彼、見えているよ」

会議が終わったあと、足早に外に出て死神に怒っているとふいにそう言われた。
彼、とは…誰のことなのか。

「は?」
「君を怒った彼だよ。リヴァイはボクの存在を知っているよ」
「は?」
「一度偶然的に彼を助けたことがあってね。たまに街で会えば少し話す程度には顔見知りだよ」
「は?」
「ジャンがボクを知ってることも知ってるよ。ボクが言ったからね」
「は?」
「ふふふ、盛大に混乱してるね」

そりゃ混乱しないほうがおかしいだろう。
じゃあ何か?あの時俺が椅子から転げ落ちた原因を兵長は知っていながら知らない振りをしたとでも?何のために?

「何のためにって、そりゃ面白い以外に理由があるのかい?」
「兵長だぞ?」
「?、彼は結構冗談を言うよ?」
「絶対嘘だ」
「ジャン、この世に絶対などと言い切れるものは存在しないよ?」
「マジレスやめろ」

緩み切った垂れ目をさらに緩ませて笑う死神に、俺はため息をつくしかなかった。
コニーとサシャには会議中の出来事を笑われるし、エレンには真面目に聞けよと何故か怒られるし、ミカサに恰好悪い所を見られるしで散々だ。

「オイ」

背後から聞こえた声にびくりと肩を揺らすと、死神が「あ」と声をもらした。
恐る恐る振り返るとそこにはこちらを睨むリヴァイ兵長がいた。
死神ではなく俺へと視線を合わせたまま近づく兵長に、内心焦りながらも姿勢を正す。

「お前、こいつが見えてるって本当か」
「えっ…あっ、はい」
「………」
「あの…兵長も見えてるってこいつから聞いたのですが…」
「まぁ、見えてはいるな」
「なんだいその言い方。しっかり見えているくせに捻くれた言い方をして…ちゃんと肯定しておくれよ」

死神が言葉を発すると瞬時に睨む兵長に恐れることもなく、死神は言葉を続けた。

「それにまたそんなにくっつけて。君は本当に物を背負うのが好きだねリヴァイ」

そう言って兵長に近づいた死神は服についた埃を払うかのように兵長の体から何かを払いのけた。
その何かが何なのか、俺には見えなかったけれど。

「…軽くなったな」
「そりゃそうだよ。受け止めてやるのは構わないが、引き止めてはいけない。君はまだその違いをちゃんと理解してないだろう?誰彼かまわず引き寄せては君のほうが持たないよ?」
「そのためのお前だろうが」
「何を言っているんだい。君のはついでに過ぎないよ」

二人の会話の意味がわからずただ黙って聞いていると、ふいに死神が俺を見た。

「ジャンは…君にもあるけれど、それはまだ君に預けておくよ」
「はっ!?なんの話だよ!?」
「んー…人の念、というか、想いというか。君たちは託されたんだ。いや、君たちだけじゃないけれど、みんな何かしら託されて生きている。願い、夢、希望。自分がなし得ないこと、果たせないこと、見届けられないこと。それを誰かに託して見守りたいんだ。だからといってそれは監視ではない。君たちが重荷に感じる必要はない。けれど…まぁ、ここじゃそうはいかないんだろうね。この世界の成り立ちがそうさせてるのだろうけど」
「つまり?」
「」

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