本部にてリヴァイ兵長に確認してもらう書類を運んでいるときだった。
さっきからすれ違う女性兵士達が妙に浮き足立っているように見えた。
不思議に思いながら兵長のいる執務室へ足を進めていると、誰かを呼び止める声が聞こえた。

「そこの可愛らしいお嬢さん」

決して自分のことだと思って足を止めたわけじゃないが、聞こえてきた声の方向を思わず振り返って見てしまった。
そこには肩口まで伸びた黒い髪をハーフアップのお団子にした少し垂れ目の綺麗な男性がいた。
髪の毛の隙間からのぞく彼の両耳で揺れる赤いピアスがとても印象的だった。

「わ、私のことですか?」
「そうだよ。忙しそうにしてるところを呼び止めて済まない。少し訪ねたいことがあるんだけど…いいかな?」
「あっ、はい…どうぞ…」

整った顔で困ったように微笑まれては断ることもできず、彼の訪ねたいことを聞くことにした。
それにしても見ない顔だと思った。
いくら人が多い本部だとしても彼の見た目は一度見たら忘れない容姿だ。
女性兵士が浮き足立つ原因は彼なのだと瞬時に理解した。
それが初めて見るとなれば、憲兵団か駐屯兵団に所属している人なのだろう。
でも団服は着ているのにハーネスを着けていない姿に違和感を覚える。

「実はリヴァイに会いたくて探しているんだが、なかなか見つけられなくてね。困っているんだ。お嬢さんはリヴァイの居場所を知っているかい?」
「えっ?リヴァイ兵長!?」

彼の口から飛び出した名前にドキリとした。
今まさにそのリヴァイ兵長に書類を届けようとしているところなのだ。
知らないはずがない。
それにしてもあのリヴァイ兵長をこうして呼び捨てにするなんて、やっぱりこの人は憲兵団か駐屯兵団の上にいる人なのだろう。

「今からそのリヴァイ兵長に書類を届けにいくところです。よろしければ一緒に来ますか?」
「それは本当かい?いやぁ助かる。ありがとう優しいお嬢さん」
「あ、あの、ペトラと申します。できればお嬢さんってやめていただきたいのですが…」
「あぁ、それは済まなかった。ありがとうペトラ。ご好意に甘えさせてもらうよ」

この歳になってまでお嬢さんと呼ばれるのがとても恥ずかしい。
私の申し出に嫌な顔一つせず受け入れてくれた彼に少し安心した。
リヴァイ兵長と同じくらいの立場にいるのだとしたら粗相は出来ない。
てっきり自分が名乗ると彼も名乗ってくれると思っていたけれど、有無を言わせない表情で先を急がすものだから、あやふやになってしまった。

「ペトラはリヴァイと親しいのかい?」
「親しいなんて恐れ多い!私はリヴァイ兵長の班に所属しているだけですので」
「でもリヴァイが選んだんだろう?なら君の実力や中身を見て判断してるんだから、そこらへんの兵士よりかは親しいと思っていいんじゃないかな?」
「そっ、そう…でしょうか…」
「リヴァイは人を見る目があるね。こんな可愛らしい女性を側に置くなんて、あいつも大概男なんだろうよ」
「リヴァイ兵長はそういう人の選び方はしません!」
「おやおや、ペトラ。尊敬や憧憬を盲信と結びつけてはいけないよ。でもまぁ君の中にあるリヴァイのイメージを傷つけたのには謝ろう。済まないね」

そう言ってふわりと笑った彼の言葉に、私は動揺を隠せなかった。
確かに、彼の言っていることには一理あると思った。
言われてみれば人類最強と称された人の下に付けるとなってから兵長はこうであるべき、という私の勝手なイメージを押し付けていたような気がする。
知らない内に兵長本人にも同じことをしていたのかもしれない。

「私、兵長に…呆れられているでしょうか…」
「何故だい?」
「だって私…自分の理想を本人である兵長に押し付けていたかもしれません。兵長は気付いていても、言わずにいてくれてたんでしょうけど…」

今までの自分の行いや兵長との会話を思い出しながら、自分がいかに失礼なことをしていたかを振り返った。
ふと隣にある肩が小刻みに震えている気がして彼を見ると、手で口元を抑えて笑いをこらえていた。

「なっ!ど、どうして笑うのです!」
「ふはっ、済まないっ…可愛らしい悩みだと思って…!」
「私は真剣ですよ!」
「あぁ、それも済まない。いやでもペトラ、リヴァイはそんなこと気にしてないと思うけどね?呆れているのは本当だろうけど」
「やっぱり…」
「でもそれに自分で気付けたのなら今度からは一人の人間として接してあげてよ。あまりに距離を置かれて寂しがってるはずだからさ」
「兵長が、寂しい?」
「ああみえてリヴァイも可愛いところがあるってことさ」

リヴァイ兵長をそういう人間だと認識する彼は本当に不思議な存在だと思った。
ハンジさんとはまた違う理解者だと思った。

彼と話しながら歩く道のりはあっと言う間に過ぎていき、気付けばもう兵長がいる執務室の近くへ来ていた。
ドアをノックする前に、彼があることを言った。
それはリヴァイ班である私たちでも見るのが難しい兵長の驚いた顔を見せてあげると言ったものだった。
そしてそれにはある条件がつけられた。
部屋に入ってから、彼の存在をないものとして扱うことだった。視線を合わせてもいけない、話しかけてもいけない、目で追ってもいけない。
それさえ守れば面白いモノが見れると彼は言った。

いつも通り、ノックを2回して扉の前で声をかける。

「ペトラ・ラルです。リヴァイ兵士長に書類を持って参りました!」
「…入れ」

兵長の返答を聞いて、隣にいる彼を見た。
口元に人差し指をあて、私が先に入るようジェスチャーをする。
こんなことで本当に兵長が驚くのだろうか、と半信半疑のまま彼を連れて部屋へと入った。

書類に目を通していた兵長が一度顔を上げて私を確認し、また書類へと視線を落とした。
かと思えば今度は勢いよく顔を上げて私の後ろ、すなわち彼がいるところを凝視していた。
兵長の手から持っていた書類が落ち、私が慌ててそれを拾おうと動いたとき、彼はすっと兵長の隣へ移動した。
兵長は僅かに目を開かせたまま彼を見上げている。

「…ペトラ」
「はい」
「ここに…、いや、いい。なんでもない」
「兵長?」
「なんだいリヴァイ。また無視を決め込むのかい?君はいっつもそうだ。でも、悪戯が成功して良かったよ」
「………、ペトラ。書類を預かろう」
「あっ、はい!」

彼の言葉通り、兵長は彼に対して無視を決め込んでいる。私はというとそんな彼の行動や言動に反応しないように必死だった。
一番最初に部屋に入ったときの、兵長の驚いた顔に二度見という珍しい行動に、今になって笑いがこみあげてきそうになっていた。

「リヴァイ。無視を決める君に一つ教えたいことがある」
「………」
「彼女には僕が見えているよ」

彼がそう言うと、兵長は書類確認の為に動かしていた手と目を止めた。
そうして眉間にシワを寄せたままじっと私を睨むように見た兵長は、そのまま視線を流し彼を睨んだ。

「確認してみたら?彼女に僕が見えているかどうか。君の頭がおかしくないことを証明できるチャンスだよ?」
「………チッ」

私はただ黙ってことの成り行きを見守っていた。と言っても視線は全力で兵長が持っている書類に注いでいたのだけれど。

「ありゃ。頑固だねぇ。そんなにも彼女に変なこと言いたくないのかい?彼女の中にある自分のイメージを壊したくないから?リヴァイは優しいねぇ。でもさ、こうすると一層現実味が増して、もう無視なんてできないと思うんだけど、どうだろうか?」

そう言って彼は兵長の肩にポンと手を乗せた。
その瞬間にビクついた兵長は、今度こそ隠しきれない驚きを露わにしたまま彼を見つめた。
そうしてハッとして、私に視線を向けた兵長の隣で優しく笑った彼が頷いたのだ。
それが合図だとわかった。

ALICE+