本日の桃の収穫を終え、ひとっぷろ浴びようと脱衣場へ向かう。
一人分には十分の浴槽には自動で水が溜まるよう設定済みだ。
今日は柚子でも浮かべよう、と少し鼻歌をうたいながら戸を開けると、記憶にない大浴場が広がっていた。
唖然としたまま手に持っていた柚子がぼとりと落ちた。

「あらん、遅かったじゃない弌」
「妲己ちゃん!?な、なんでここに!?それよりこの浴槽は一体!?」
「ここにはわらわも遊びに来るのにお風呂が狭すぎたじゃない?だからわらわがリフォームしてあげたのん」
「リフォームの度を越えてるんですけど妲己ちゃん…」
「そぉかしらん?わらわには丁度だわん。それよりも早く弌も入ってん!わらわの力作を堪能してちょぉだい!」
「う、うん…」

シャワーで軽くからだの汚れを落とす。
シャワーノブですら妙にゴージャスなのは妲己ちゃんの趣味だろう。
これ太公望にバレたら確実にぐちぐちと文句を言われるに違いない。
しかしちゃぷと浸かった浴槽には柚子が大量に浮いており、そういう趣味は妲己ちゃんと同じなところに少し嬉しくなった。
あの浴室の狭さからどうやってこの大浴場にしたのか検討もつかないが、足を伸ばしてもたっぷり余裕のあるお風呂というのはいいものだ。
そんな緩みきったわたしの顔を満足そうに見ていた妲己ちゃんは、嬉しそうな顔で言ってきた。

「気に入ってもらえたかしらん?」
「うん。妲己ちゃんもたまには良い仕事するね」
「いやん。わらわはいつだって良い仕事しかしないわよぉ〜ん!弌の意地悪ぅ!」
「ふふふ」
「それはそうと、さっき弌が持ってきた柚子は入れないのん?」
「さすが妲己ちゃん!目敏いね!」

わたしがニヤリと笑うと妲己ちゃんもニヤリと笑った。
なんだかその顔が世間を騒がせている殷の皇后様なんだと漠然と思った。

「テンテケテーン!実はこの柚子、普通の柚子とは違うのだぁ!」
「大きいわねん」
「大きさもそうだけど、これはわたしが品種改良した柚子に術を加えたもので、いわば仙桃の柚子バージョンなのである!」
「まぁ凄い!弌ったらちゃんと研究もしてたのねん!桃を収穫するしか能のない子だと思ってたわん!」
「えぇぇぇ!?妲己ちゃん酷くない!?本音辛辣すぎない!?」
「それでん?どんな効果があるのん?」
「女性に好ましいコラーゲンやヒアルロン酸が入ってて、ちょっと度数高めのお酒も混じってるの。もちろん翌朝には水に変わるけどね。でも栄養分は水に変わらないで残るんだよ。仙道が食べれば仙桃と同じくらい体力が回復するよ!」

すごいだろ!とドヤ顔で妲己ちゃんを見ると、柔らかい笑顔でわたしを見ていたことにドキリとした。

「素敵ね。一個貰ってもいいかしらん?」
「い、一個と言わずに五個くらいあげるよ。まだ試作品だけど。喜媚と貴人にもお裾分けしたいし」
「…ありがとう弌。本当に、ここに来ると柵から解放されて心から休まるわん。もちろん、それはあなたがいてこそよん弌」
「妲己ちゃんでも疲れたりするんだ?」
「だぁーって、わらわって敵が多いんだもん!罪な女よねん」
「今みたいな妲己ちゃんならみんな好きになると思うけどなぁ?自ら悪役を買うなんて、勿体無いよ」
「そう思ってくれる人がいてくれるだけで充分だわん。だから弌、あなたはこの世界に翻弄されずに生きてちょうだいねん。」

そう言って綺麗に笑った妲己ちゃんは本当に綺麗だった。
テンプテーションなんかかけなくても、素の彼女は本当に美しい人だと思う。
そんな妲己ちゃんとお友達であることがちょっとした誇りだ。
太公望にはすごく嫌がられたけれど。そんなの関係ねぇ!だ。

「そう言えば太公望ちゃんとはどうなのん?」
「どうって?相変わらずふらっとやってきては勝手に桃食って帰っていくよ?」
「………、泊まってるわよねん?」
「まぁそういう日もあるかなぁ」
「お風呂はどうしてるのん?」
「勝手に入ってるよ?あーでも…」
「なになにっ!?」
「この間一緒に入るかって言われたなぁ」
「!、そっそれでそれでっ!?」
「固まってたら冗談だダアホって罵られた」
「………」
「でも寝るときはいっぱいお話ししたよ?」
「………一緒に寝てるのん?」
「うん」
「………弌」
「なに?」
「いくら太公望ちゃんだからといって気を許しすぎよん。男は狼なんだから、もっと警戒心を持ちなさいん」
「太公望だよ?スープーシャンが春の枯れたジジィって言ってたよ?」
「………いいことん?警戒心を持ちなさい」
「なんで二回も言うのよ。みんなして同じこと言うんだから。わたしってそんなに緩そうに見える?」
「あらん?誰に言われたのん?」
「申公豹でしょ?燃燈でしょ?うーんとあとは聞仲かなぁ?趙公明にも言われたかなぁ?」
「全く。あなたは誰にでも自分をさらけ出し過ぎなのよん。わらわ心配…」
「えー!?こんな秘密主義者なのにぃー!?」
「どのへんが?」

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