バキリ、と耳障りな音をたてて折れていく仲間たち。自分も攻防に徹するなか、横目でしか最期を見届けられない歯がゆさが積もっていく。
そもそもこんな終わり方誰も望んではいなかった。けれど望まなくともこれは必然なのだ、と皆が諦めた眼差しで消えていく。
もしかしたら、こうなるほうが俺たちにとって幸せなのかもしれない。重症になりながら本丸に戻ったところで手入れをしてくれる審神者はおらず、傷の癒えないまま時を過ごすことになろう。ならばいっそのこと、ここで死んだほうがいいのかもしれないと、相手の攻撃を刃で受け止めながらぼんやりと考えた。
けれど確かに、己の中にある闘争心と競争心が、心の奥底で必死に足掻いていた。

力負けして弾き飛ばされた己の短刀が、遥か後ろのほうで地に刺さる。人の形を保ち、立っているのはもう自分だけだった。それでも相手を睨みつけ、決して相手に屈することのない最期でいたいと願った。
痛い、辛い、悲しい、憎い。負の感情がぐるぐると脳内を巡っていく。こんなふうに仲間を追い込んだ審神者が憎い。でもそれ以上に、力のない自分に腹が立つ。
戦いの中でしか存在意義を見出せない哀れな俺たちだけど、それでも確かに誇りを持ち、希望を持ち、幸せを願った。誰かを傷つけることでしか得られない誰かにとっての幸せだったとしても、刀剣であることを後悔したことはなかった。

振り下ろされる敵の切っ先を睨みつけながら、全ては運が無かっただけなのかもしれないと、今になって泣きそうになった。


「落雷っ!」


目を開けていられないほどの凄まじい稲妻が、目前の敵に直撃した。その勢いの強さに影響を受けないはずがない俺の体にも、ビリビリと今まで感じたことのない電流が体中に走り出す。
全身の血が沸騰したかのように熱く、内側から焼けていくような感覚に耐えきれず声を上げる。その俺の悲鳴を聞いてか、誰かが慌てたように声を荒げた。


『あぁっ!威力が強すぎてあの子にも当たってるでち!まずいでちマスター!』
「え、まじか。でもあいつやっつけるにはこれくらいじゃないと効果なさそうって言ったのお前じゃん…」
『直撃じゃないにしろあれだけ距離が近かったらそりゃ被害が及ぶでち!このあんぽんたん!もっと考えて打つべきでち!!』
「うっせーなぁ。わかってるよそれくらい。だから今から様子見るんだろうが」
『早くしないと敵が起きるでち!倒してないでち!』
「まじで。そりゃやべぇ。スー坊ちょっと大きくなってよ。あいつ運ばないと」
『言われるまでもないでち!』


遠い意識の中、痛みに耐えながら聞こえた声は、二つあった。近づく気配に敵か味方かわからないけれど、酷く優しい手つきで抱き起こされ、何かに乗せられる。そのまま妙な浮遊感に襲われ、薄目を開けてみると、さっきまで自分がいた場所がどんどん遠ざかっていった。
折れた仲間がそこらじゅうに散らばっている光景は、なんとも自分の心臓を抉るものだった。


「ひでぇな…」


悲痛にも似た声色に、それは何に対しての言葉なのか、問うこともできないくらい今の俺には力が残っていなかった。朦朧とする意識の中で、謝罪の念が溢れ、それは涙となって頬を伝っていった。



―――…



真っ暗な視界の中で、ボロボロの鎖が封印のように自身の刀身を絡めとっていた。鎖は錆び付き、所々が欠け、左右に引っ張ればすぐに取れてしまいそうなほど脆く見えた。
その両脇からぬっと現れた両の手が刀身に巻かれた鎖に触れると、まるで触るなと威嚇するかのようにバチリと光って手を弾き返した。痛そうに手を振ると、掌を閉じては開きを数回繰り返し、今度は覚悟をしたように鎖へと伸びていく。

"生きることを、諦めんな"

ふと、その言葉が鼓膜を揺らした。ドキリとした。心を見透かされたのかと一瞬焦った。でも、一体誰に見透かされたと言うのだろうか?

あの戦いの末、折れていく仲間を見送る内に、自分も同じように死ぬのだろうかと何度も思案した。あんなふうに、審神者の見ていないところで、こんな情けない死に様を晒すのだろうか。
戦いがあるところに勝ち負けがある。負けてもなお次の勝利のために踏ん張れるのは、それを届けたい誰かがいたからだ。その存在がいないことが、こんなにも戦いが辛いと思わせ、生きることを放棄させるのだと初めて知った。

そうだ。俺はあの時、死を受け入れた。この身が折れても気持ちだけは折れないでいようと、そう思って死を受け入れたんだ。
それなのに、この手は俺に生きろと言った。生きることを、諦めるなと俺に吹っ掛けた。あのとき足掻くだけ足掻いて外へ出ることのなかった闘争心と競争心が、今になって激しく暴れ出す。

―そうか、俺は、まだ生きたいんだな…

納得すると、誰かがニッと笑った気がした。

弾かれてもなお、両の手はめげずに鎖を掴んだ。掴まれた場所で鎖は威嚇をやめず、両の手を血に染めていく。それでも確実に一つ、また一つと鎖を断つ手に、だんだんと威嚇が弱まっていった。
他人事のように、それでもそれが自分の願いでもあるかのように、鎖を断つ手に頑張れと思わずにはいられなかった。ぼたぼたと手から流れ落ちていく血。焼けただれたような掌。俺はその様子をただじっと見続けた。

最後の一本がバキンと引きちぎれていった。全ての鎖が取れたとき、僅かに、けれど確かに、心が軽くなり、気持ちが高揚するのを感じた。

鎖が完全に取れた刀身を鎖よりもボロボロになった両の手がふわりと挟む。挟むと言っても、その手が俺の刀身に触れることはなく、一定の距離を保っていた。
淡い紫が縁取る黒い炎が揺れた。その炎は刀身を包み、あっという間に跡形もなく溶かした。
視覚的暴力だったが、痛みはなかった。不思議と悪意や敵意も感じられなかった。ただただ温かいものに包まれているような心地良さだけが伝わってくる。

ふっと両の手が常闇へと消え、俺の刀身を溶かした炎がゆっくりと近づく。淡い紫が縁取る黒い炎は音もなく燃え、思わず魅入ってしまうくらい幻想的なものであった。それはふわりと頭上へ移動すると、パンと弾けて消えてしまった。上から降り注ぐその破片が、誘われるように一つ残らず俺の中へと入っていく。

真新しい力が全身に廻っていくのがわかった。



―――…



ゆっくりと目を開けると、見慣れた木目の天井があった。太陽の光が障子を照らし、部屋全体をぼんやりとした明るさで包み込む。鼻をつく薬草の匂いに、ここが自分の部屋であることがわかった。
布団に挟まれた己の体をよじって少しだけ体を起こす。障子の近くで壁にもたれたまま眠る骨喰兄の姿を視界に入れ、本丸に帰ってきたのだと実感した。


「骨喰、兄…」
「!、薬研っ!起きたのかっ!」


思ってたより声が出なかったにも関わらず、兄はすぐに目を覚ました。俺を視界に入れ、俺と目が合うと、泣きそうに顔を歪ませて慌ただしく近づいてきた。


「薬研っ!!」


ぐっと抱きしめられた腕はやはり温かく、生きているんだな、と思った。しばらくされるがままに大人しくしていると、兄はおずおずと俺を放した。そうして傍に座ると、震える声で「何があった?」と問いかけてきた。

何が、あったか。
蘇る記憶、光景、そのすべてが夢であればと願わずにはいられないほどの、惨状。なんて答えるべきか、考えあぐねていると、兄が先に口を開く。


「すまない。嫌なことを思い出させた…」
「いや…」
「出陣した第三部隊…帰ってきたのは薬研、お前だけだ。口にせずともそれが全てを物語っているのはわかっている。お前が帰ってきてくれたことは素直に嬉しい。それも本当だ。だけど…わかるか?自分の体を確認してみろ。その違和感にお前なら気付くはずだ」


やけに含みのある言い方で話す兄に、首を傾げながらも言われた通りに自分の体を確認した。特に異常は見当たらない。至っていつも通りだった。だけどそれが、兄の言っていた違和感だと瞬時に理解した。


「………まさかとは思うが、大将が手入れを?」


そう、俺の体には傷一つなく、まるで出陣していたのが嘘のようだった。今回出陣するときで既に中傷を負っていたというのに、その傷までもがなく、手入れをされたあとの体へと戻っていたのだ。
俺の言葉を聞いて、兄は首を横に振った。それは先の俺の言葉に対する否定だった。つまり、手入れはされていないという事実だった。それなのに、傷一つ見当たらない体。
あの時、確かに重傷を負いながらも敵と対峙していたはずだ。見事なまでに完治している傷は、手入れをしなければ治り得るはずがないのだ。けれど手入れはされていない。兄が言うのなら疑いようもない事実だ。それならば何故、俺の体から傷が消えているのだろうか。

そこまで考えて、兄が問うた「何があった?」という言葉の意味は、この説明しようがない現状についてだと理解した。


「俺にも…わからん…」
「どうやって帰ってきたか覚えてるか?」
「………それもわからん。俺はどうしてここにいるんだ?」
「………」


兄曰く、本丸の正門の前で倒れていたのだと言う。そこまで行った記憶がないし、まず馬も見当たらなかったと言った。


「馬も?馬もなしにどうやって?」
「俺に聞くなよ。こっちが知りたいくらいだ」
「そりゃそうか…誰が最初に?」
「俺だ。昨晩、見回りをしているときにだ」
「そうか…。ありがとう」
「最初に見つけたのが俺でよかった。他の奴らだったら主にまでこのことが露見していただろう」


そう言って心底安心したように息を吐いた兄に、つまり、と頭を働かせる。


「大将も俺の今の状況を知らないと?」
「ああ。言わないほうがいいだろう」
「何故だ?」
「俺たちですらうまく説明できないことを話してどうする。余計な混乱を生むだけだ。それに…」
「それに?」
「折角綺麗さっぱり傷が治ったっていうのに、またお前が傷だらけになっていく様を見たくない」


そう言い切った兄の手や頬には小さな傷や切り傷がたくさん散りばめられていた。優しい兄のことだ。傷が完治した俺をこき使うであろう審神者のことを危惧し、俺を匿ってくれたのだろう。


「しばらくは嘘の包帯を巻くといい。飯はここへ運んでやるから部屋からは極力出るな。とりあえず形だけの報告として主には言うが、しばらく出陣は控えさせるように説得しよう。一兄にも報告はするが、面会はもう少し後でいいだろう」
「………そうだな。そのほうがいい気がする。骨喰兄、世話をかける」
「なに。弟のためだ。気負いするな。整理したいこともあるだろうから、今はゆっくり休むといい」
「ああ。ありがとう」


俺の言葉に薄く笑った兄は、そろそろ自室へ戻るよ、と言って立ち上がる。兄が開けた障子の向こうの景色に、思わず目を細めた。
俺だけが、あの戦場から戻ってきた。折れた仲間を置き去りにして、のこのこと傷まで完治して帰ってきたのだ。
嘘をいつまでも隠し通せるとは思わないが、しばらくの間だけでもいい。考える時間が欲しかった。この身に起きたことについて、鮮明に覚えている夢の内容について、手を握ればじわりと滲み出る力について。
落ち込んでなんかいられないな、と苦笑いする俺を横目に、兄が障子を閉める。


「そんな禍々しい気をまとったお前を、誰にも見せられるわけないだろう…ましてや一兄には一層な…」


そう小さくこぼした兄の言葉を、その時の俺は拾えずにいた。ただ耳の奥に張り付いて離れない別の言葉がそれを遮っていたからだ。力強く、鼓舞するように、俺に"生きろ"と言ったあの声を、噛み締めるように思い出していたのだ。



薬研藤四郎の黄泉がえり



木々の隙間から差し込む光が眩しく、思わずもう一度目を閉じる。
頬を撫でていく風の心地良さ、太陽の温かさ、大地の程よい冷たさが、全身へと行き渡っていく。
生きている、と感じた。
はっとなって勢いよく体を起こすと、どこかはわからない草原の片隅にいた。
大木の下で横になっていた体に痛みや違和感はなく、不思議に思って自分の手をまじまじと見る。
あれほど大小の切り傷があったというのに、まるで手入れをされたかのようになくなっていた。
体を起こしたことでぱさり、と上にかかっていた何かが落ちる。
それに視線をやれば毛糸の羽織だった。
一体誰の者だろうか、と思案したとき、自分の隣に何かの存在を感じ一瞬で警戒心がよみがえる。
恐る恐るそちらを見ると、あどけない顔立ちを惜しげもなくさらした少年が、気持ちよく寝息を立てて眠っている姿が映った。
はて?誰だコイツは。
あまりにも緊張感のない姿に、警戒している自分があほらしくなり、しばらく少年をじっと見つめていると、どこからともなく声が降ってきた。


『あ!目が覚めたんでちね!』


その声は意識をなくす前に聞いていたものだと瞬時にわかった。
特徴のある口調だ。忘れるはずがない。
声のした頭上を見上げ、俺は驚き目を見開く。
独りでに宙に浮く板には目と口があり、俺を見下ろしていた。
あまりにも理解し難い光景に、開いた口が塞がらないし、言葉すら出てこない。

そんな俺を気にするわけでもなくするすると降りてきた板は、眠っている少年の横で縦になり、なんの支えもないのに地面と垂直に立ったのだ。
どういうしくみなんだろうか?


『直撃ではないにしろマスターの雷を受けて酷かった傷が更に酷くなったんでち。それについては謝るでち。ごめんなさいでちた』
「………」
『意識のないあなたを治したのはマスターでち。雷の傷を含めずとも、あなたの傷は相当酷かったでち。危ないところでちた。だけどマスターがあなたに魔力を供給したから完治したでち!良かったでちね!もう痛むところはないでちか?』
「………」
『聞いてるでち?』


喋る板に動揺し、会話という会話がままならない俺に、板はその外見からは想像もつかないしなやかさでぐにゃりと傾げた。
返事をしようと頭を回転させているが、どうにもこうにもキャパオーバーなようだ。


「ん…うるさ…」
『マスター!起きるでち!彼が目を覚ましたでち!』
「あとごふん…」
『マスター寝ぼけてないで起きるでちっ!!』
「いっだぁぁぁ!?」


むにゃむにゃ言いながら俺に背を向けるように寝返りを打った少年の脇腹に、板が思いっきり倒れ込む。
あまりの痛さに飛び起きた少年はすぐにその元凶である板を殴ったが、板のほうが頑丈なのか、少年は殴った手をさすりながら涙目になりながら文句を言っていた。
そうしてふと、俺の存在の気付いた少年はビクリと体をはねらせ、そして慌ただしく目を逸らした。


「痛いとこはないかよ…?」
「…え?」
「だから!ちゃんと傷は治ってるかって聞いてんの!」
「あぁ。どこも痛くない。ちゃんと完治している」
「…そうかい」
「君が、治してくれたと…さっきその喋る板から聞いた。驚きすぎて返事ができなかったが、本当にありがとう」


そう礼を言い、頭を下げると、彼は息を吹き出し腹を抱えて盛大に笑い出した。
何故笑われるのか、と眉を寄せて少年を見ると、ひくひくと全身を揺らし、今にも死にそうだ。


「板!喋る板!やべぇ!ツボった!!」
『マスター!何笑ってるでち!それにそこのあなた、ボクは喋る板じゃないでち!確かに見た目はそのままでちが歴とした魔物でち!』
「おれはスー坊って呼んでる」
「魔物…?君が?」
「何を驚く必要があるんだよ。そういうお前だって、付喪神だろうが」
「!、何故それを…」
「まぁ、そういうのがわかる人間ってことで」
「君は審神者か?」
「審神者?んだそれ?」
「審神者ではないのか?」


ならばどうやって、俺を治したのか。
ここには本丸と呼べる場所でもなければ手入れ部屋でもない。
そのような道具を少年が持っている形跡もない。
審神者でないのなら、少年は一体何者なんだろうか。


「君は何者だ?審神者でもないのにどうやって俺を治した?」
「あー………、えっと、こいつから聞いたんじゃねぇの?」
『ちゃんと言ったでち。たぶん驚いてて耳に入ってなかったと思うでち。あなたが完治したのはマスターが魔力を注いだからでちよ。魔力に関してはマスターはトップレベルでちからね。魔力に関しては』
「何でそこだけ二回言うんだよ…」
「魔力…?」
「そ。魔力。お前たちは霊力って言ったり神通力って言ったりするのかもな。言い回しや類は似てるかもしれねーけど根本が違う」
「どう違う?」
「んー、霊力とか神通力はなんつーか、清いものなんだけど…魔力っつーのは…えっと、あんまり清くない。だからそれをお前の中に流していいのかどうか悩んだけどさ、死なせるわけにはいかねぇから。悪かった…」
「俺の中に、君の魔力が流れているのか…あまり依然と変わらない気がするが…」
「いいや。確かに違うところが一つだけある」
「それは?」
「………お前、付喪神でありながら人型をしてるってことは誰かと契約してんだろ?」
「っ!」
「その…まじで申し訳ないんだが…、その契約おれが上書きしちゃったんだよね…」
「………は?」
「いやほんとすまん。助けるためとは言え申訳ねぇ」
「上書きした…?」
「お前の主人が施した契約はもうボロボロでさ。あまり効力がなかったんだ。それにおれの魔力を注ぐにはそれに相応しい体になんなきゃいけねぇ。だから…その…、すまん…」

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