百聞は一見に如かず。
まずは渡された書類を見ながら早速一つの本丸へ行くべく足を動かしていた。隣に並ぶ政府の補佐狐、もとい如月はおれの行動が早いのか少し慌てたようについてきた。
見た目は完全に野生の狐であるのに、その口からは人語を話すものだからいまだに慣れない。まだ審神者のサポート役のこんのすけくらいデフォルメ化されてたらすんなり受け入れられたというのに。


「名字大尉。本丸へ行くのはいいですが偽名をお考えになられましたか?」
「偽名?いいや?」
「刀剣たちに真名が知られないよう偽名をお使いください」
「偽名ねぇ…」


別に真名が知られたところで、刀剣たちがおれを支配できるとは思わないが、ここはまぁ補佐役の言うことを聞いておこうかと思う。


「如月は何がいいと思う?」
「え?大尉の偽名ですか?」
「うん。おれネーミングセンスなくて…」
「と、言われましても…そうですねぇ…」


そう言って少し困ったようにおれをくまなく見ていた両目が、じっとおれの両目を覗きこむようにして止まった。


「煤竹、というのはどうでしょうか?」
「煤竹?」
「大尉の髪色が、藤煤竹という色に似ているところからとりました」
「ほう。如月は物知りだな。色の名なんて全然知らなかった。うん、煤竹。いいんじゃないか?採用!」
「気に入っていただけたなら何よりでございます」


新しい名が決まったところで止まっていた足を動かし、空間転移の場所へと進む。
ただの人間であるおれには残念ながら本丸が存在する亜空間へ行くことができないのだ。
そのため審神者のサポート役のこんのすけか、こうして如月の手を借りなくてはいけない。
そこに多少の不便さを感じながらも、それすらも時空隊がしてしまえばいよいよ政府としての立ち位置が危うくなるだろう。


「着きました。ここが記録にある28563番目の本丸でございます」
「へぇ。なんか暗くないか?」
「審神者様がいらっしゃいませんからね」
「そういうものなのか」


審神者がいないだけで空は薄暗く、敷地に生えている雑草が伸び放題だ。
人がいる気配が一つもしない場所で本当に初期刀がいるのだろうか、と思案した自分に気付いてか、如月が言葉を続けた。


「この様子ですと初期刀は刀に戻っていますね。審神者様が姿を現さなくなると神気が足りなくなり人の姿を保てなくなりますから。その上一番最初のチュートリアルを中途半端に終えた状態のままですので、良い状態とは言い難いですね」
「それはそれは、可哀想になぁ」


本丸へ一歩足を踏み入れると、そこからざぁっと一陣の風が舞った。
先ほどより淀んでいた空気が少しだけ緩和されたように感じた。


「さすが大尉ですね。その実力は伊達じゃありません。こちらとしては今すぐにでも審神者になっていただきたいところですが、大尉から良い返事が期待できそうにありませんので勧誘はいたしません」
「よくわかってるじゃないか。賢明な判断だと思うよ」


望月大佐に言われて思い出した自分にも備わっている審神者の体質がこんなふうに役立つとは。


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