森然での合同合宿中、ようやく昼休みになって一服しながらこの先のことを考えようとしていた。
生徒の目もあるので体育館の裏手、人気がないところへ行って煙草に火をつける。大きく息を吸って肺を煙で満たし、ゆっくりと吐き出す。やっぱりこの一服がないと始まらない。
やめようやめようと思ってもなかなか禁煙できないでいる自分だが、そろそろ本気で意志を固めなければいけない。でもなぁ、なんて堂々巡りをしながらもう一度大きく息を吸い込んだ時だった。

「あー!繋心ずりぃ!」
「ッ!ゲホッ!ゴホッ!」
「でーじょうぶ?」

やべぇ、めんどくさい奴に見つかってしまった。許してもいないのに隣にきて俺の背中をさする。困ったように眉をひそめているが、俺の心配なんか微塵もしていないのがわかる。視線が煙草に釘付けだ。

「やらねぇぞ」
「まだ何も言ってねーだろうが」

高二の癖にコーチである俺にこの態度。
いつだったか聞かされたこいつの夢物語を俺はまだ信じ切ってはいない。それでいい、と笑って、誰かに本当のことを聞いてほしかっただけだと言った。

「あーくっそーーー未成年ってのが悔しすぎる…なんで未成年はダメなんだ…心はおっさん以上なのに…」
「………」
「はぁ…吸いてぇ…」
「…ダメだからな」
「わーってるよ。だからこうして煙で我慢してんだろうが」
「っつか煙のほうが尚更ダメだっつーの」
「副流煙?まぁ気にすんなって」
「それもあるけど、臭い移んだろ」
「それは繋心の近くにいたってだけで別に問題ないっしょ」
「ありまくりだバカ。何のために俺がこうして隠れて吸ってると思ってんだ」
「今更それ言う〜?」

屈託なく笑う姿はどこからどう見ても高校二年生のソレだ。だがこいつが言うには中身が30過ぎたおっさんだと言う。意味がわからん。
だが納得できるところもある。身の振り方、物事の捉え方、考え方、ふとした時に片鱗が浮き出る。聞かされた夢物語が、だんだんと現実染みた話になっていくのがどうも気持ち悪い。

「銘柄変えねーの?」
「あー?まぁ、ずっとコレだったしなぁ」
「ふーん」
「あんだよ?」
「いやぁ、おれと銘柄が同じだからさーどうしても臭いかぐと吸いたくなっちまうんだよなぁ。変えてくれたらまだマシなんだけど」
「お前の一存で変えてたまるか」
「だよなぁ。浮気してもやっぱ本命に戻るよなぁ」

別に変えてもいい。この銘柄じゃなきゃダメだっていう拘りも特にない。
だけどこうしてこいつが隣に来て未成年という壁にぶちあたってうだうだしている姿を見るのは結構好きだったりする。なんでもそつなくこなすこいつが、唯一日本の法によって阻まれている姿が、妙に優越感を与えてくれるのだ。

「お子ちゃまにはまだ早ぇよ」
「なんだとクソガキィ」
「今はお前のほうがクソガキだっての」
「むかつくわぁー。なんか腹立つから今度繋心の母ちゃんに見合いさせるように言っとくから」
「はぁ!?てめぇそれだけはマジでやめろ!」
「じゃあ一本くれ」
「あほか!できるか!」

あわよくば何かにつけて俺の弱みに付け込み煙草を奪おうとする。ホント手癖の悪いガキだ。
この先のことを考えようと思っていた一服のはずが、こいつが来たらそれもできない。見つかったのが運の尽きだ。

「あのさぁ繋心…」
「やらんぞ」
「違ぇよ。ソレじゃねぇよ」
「あ?」
「おれさぁ、高校生活の全部を烏野のバレー部につぎ込むことに決めてんだ。たとえ来年大地たちが卒業していなくなっても、おれはここでの生活を全うしたい。その先のことはまだ考えてねぇけど…」
「名字…」
「だからできるだけ強くなりたいしできるだけ多く勝ちたいって思ってる。公式の大会だけじゃなく練習試合でも勝ちたい。色んな奴と戦って色んな技を吸収したい。日向と影山だけが要じゃない。おれたち全員が一丸となって烏野は強いんだって思わせたい。そしたらさ、胸張って卒業できるし手を引くこともできるから」
「手を引くって、バレー続けないのか?」
「んー…」

やめるやめないで迷っている目じゃないと思った。もっとずっと先の未来を見据えて人生のレールを組み立てている。ここまでという線をはっきりと決めて動いているからこそ、今のこいつは最大限の集中と力を発揮できているんだろう。
この年でそういうふうに動ける奴は珍しい。ほらまた、夢物語が現実味を増していく。

「大学は行こうと思ってるけど、バレーはどうだろう。多分新しいことをしてると思うなぁ。ロードバイクとか」
「はぁ!?したことあんのか!?」
「ねーよ。だからやるんだよ」
「………変態か」
「なんでそうなんだよ!失礼な!」
「そのセンスで続けねぇなんて、も「勿体ないとか言うなよ?」

その言葉はもう聞き飽きたから。
そう言って苦笑いするこいつに、それ以上は言うことなく口をつぐんだ。

「極めたら次に行くって決めてんだ。ここで死ねるって確信できたらもっと楽に生きたんだけどなぁ」

それはまるで自分の死に場所がここじゃないみたいな言い方だった。
変な話だ。誰だって死に際のことまで考えて今を生きてはいない。それこそがむしゃらに青春を過ごして突き進んでいくのが若者ってもんだ。
ここで死ねる確信ってなんだ。誰も彼も自分の死をいつどこで確信できるというのか。

「お前と話してたら混乱するわ」
「いや何、後悔しないように生きようって思ったらこうなっただけの話だって」
「全然そんな話じゃなかったぞ」
「そう?いつ自分か死ぬかなんて誰にもわからないし見当もつかないだろ?だからやりたいことを全部やって、だからって手は抜いたりしない。一つのことを極めたら次に行きたい。人生長いって言ってもおれからしたら全然短い。時間が足りねぇ。ぶっちゃけ高校生活を全部バレーにつぎ込むなんてしたくねぇ」
「はっ!?いやでもさっきお前…」
「でもこれは大地との約束だから。随分待たせちゃったからさ、これだけはちゃんと守りたいんだ」
「澤村と?」
「おれとバレーがしたいっていう大地の我儘をさ、存分に聞いてやれるとしたら今この瞬間しか思い浮かばなかった。だから高校に入るまでの時間でやりたいこと全部やるために大地には我慢してもらったんだ」
「お前…ますます意味わかんねぇ」
「へへっ、繋心はそれでいい」

前世の記憶があるまま転生したんだ、って聞かされて、頭大丈夫かって思うしかないだろう?仮にそれが本当だとして、どうしてその事実を打ち明けたのが幼い頃から一緒にいる澤村じゃなく俺なんだ。
公園で煙草を吸ってるこいつを見つけて説教したのがきっかけだった。今まで抱えていたものを全部吐き出すかのように、聞いてもいないのに過去を喋り出したこいつを止めるタイミングすら失って。ちゃっかり最後まで聞いてしまったせいか、こうして誰にも見せない素を見せるようになった。
何勝手に心許してんだか。そんなことされると困るんだよ。俺が。お前の夢物語をうっかり信じてしまいそうになんだろうが。

「お前に説教なんてしなきゃよかった…」
「そんなつれないこと言うなよ〜!信じてなくても知ってくれてる人がいるってだけで、おれの心の負担はだいぶ違うんだから」
「だからってなんで俺…」
「いやいや、成り行きだったにせよ繋心以外に適任はいねぇって思ってんべ」
「嬉しくねぇ…」
「いいじゃねーか。繋心がコーチ頑張ってくれてっからおれも最後まで頑張ろうって思えるし」
「はぁ?」
「頼りにしてんぜ。バレーとしても相談相手としても」
「………はぁ」

既にフィルターの近くまで短くなった煙草の灰を落とし、じわじわと燃えていく火を見つめる。隣で手をはためかせて煙を吸おうとする動きを制し、じゅ、と地面で火を消した。
情けない声で落胆した姿に、やっぱり最後まで狙ってやがったな、と睨むもこっちすら見ていない。何が煙で我慢する、だ。あわよくば精神が見え見えなんだよばーか。
そしてこの、なんともいえない優越感が本当に癖になる。まだまだ銘柄は変えてやらねぇと誓った瞬間、同時に俺の禁煙への道も断たれたのである。

あなたのすきだった銘柄をわたしがいま愛用している

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