火のないところに煙




今年の暑さは異常だとニュースキャスターが口を揃えて言っていた。

……確かに、この暑さは異常だと思う。

すっかり日も落ちて夜になったというのに気温は日中と比べてもあまり下がっていない。むしろ湿度が上がったことで余計に蒸し暑く感じる。
こんな日は早く家に帰ってクーラーの効いた部屋でゆっくりしたいものだ。
そんなことを考えつつ家路を急いでいると、ふと道の端に何かが落ちているのが目についた。

恐る恐る近づいてみると、それは小さな箱だった。

「……なんだろう?」

箱の大きさは手のひらに収まるくらいのサイズで、側面には文字のようなものがいくつか彫られている。ただ、そこに書かれている文字は全くもって知らない言語だった。
英語でもなければもちろん日本語でもない。
箱を拾って裏返してみると、そこにも同じような文字が彫られていた。側面に書かれているものよりは見やすいけれど、やっぱり見たことがない文字だった。

「んー……?」

何語だろう、と疑問に思いながら箱を小さく振ってみると中でカランと何かが転がるような音が微かにした。

「…………」

拾ったものを勝手に開けてしまうのはよくない。
それはわかっている。
……が、この茹だるような暑さのせいなのか、それとも箱の中身が知りたくて堪らないせいなのか。
気が付くと私はその小さな箱の蓋に手を掛けていた。

一つ息を吐いて、そっと蓋を開ける。

「あれ……?」

意外なことに箱の中身は――空っぽだった。

何か入ってるとばかり思っていたのに。
拍子抜けして一度は手を離そうとしたけれど、さっき聞こえた音がどうも引っかかる。
あの音は、いったい何だったんだろう……?
気になって、私はもう一度そっと箱を振ってみた。

すると、カラン、とまた何かが転がる音がした。

「ん?」

再び箱を覗き込むが、中にはもちろん何も入っていない。
不思議に思いながらもう一度箱を振ってみると、またカランと音が鳴った。
箱を振るたびに中で何かが転がって、カランと音が鳴る。まるで何かが入っているかのように。
音の正体が知りたくて、私は箱を振って音を鳴らす動作を何度か繰り返した。
そうしていくうちに段々と箱を振る腕のスピードが上がっていき――。

カコンッ

「……あ」

ある一定のリズムで箱を振った時、中で何かがハマった音がした。

すると、次の瞬間――。

ぷしゅううう、という音と共に箱から白い煙が大量に出てきて、あっという間に辺り一面が煙まみれになってしまった。
私は突然のことに驚いて慌ててその場から飛び退こうとしたが、何故か身体が動かない。

「げほっ……な、なにこれ……!?」

箱から出てきた煙はまるで意志を持っているかのように私の身体へ纏わりついて離れようとしなかった。

頭の中で警鐘が鳴る。
もがくように手足をばたつかせるが、必死の抵抗も虚しく私の身体はほんの数秒足らずで完全に箱から出てきた白い煙に包まれてしまった。

得体の知れないものに飲み込まれていく純粋な恐怖心と、自分がこれからどうなってしまうのかという不安で頭がいっぱいになる。
そして、その恐怖心と不安が私の身体から抵抗の意志をもぎ取った瞬間、自分の意識まで白い煙に飲み込まれていくのがわかった。

「や、だ……」

薄れゆく意識の中、私が最後に目にしたのは――。
夜空に浮かぶ、どこか不気味に輝く大きな満月だった。