午前四時の異邦人




忘備録
2025/12/19(00:32)

シュナイゼル連載/2-1話(牡羊の落涙)

シュナイゼル連載、2部1話・牡羊の落涙です。

原作時系列でいうとマリアンヌ暗殺前夜の話ですね。
牡羊はアリエス宮から。あるいは登場する牡羊たちのミーニングです。
ナナリーは宮の子供ですし、みんな何かしら涙しているはずです。長くなったので次回も引き続き牡羊の話です。

ヒロインはすでにどこかに登場しているのですが、そりゃ気づかんとなるし、本人も記憶がないうちは幸せに暮らしているので探しようがありません。

今のところシュナイゼルの心のなさが、かえって頼り甲斐があるのが救いになっている、稀有な例です。
恋とか愛とか、不確かで見えないものへの憧れが皆無ではないでしょうが、現実主義で合理主義者の思考はシンプルでちょっと頑固です。見た目が優しそうだと思考も女性的であるのではないか、そんな期待を裏切るのがシュナイゼルという男。
私は彼こそが立憲君主制に一番向いてるよなぁと思ってます。共和制になっても、彼はカリスマ性から人に求められているので、機能としては一見民主主義で良いのですが、結局一般人の持ち回りなので大事になった時の後始末に関しては君主制の方が優れていると考えています。
(原作では立憲君主制にするとブリタニアの禊にならないので、共和制移行が妥当なのは承知済みです)
現実のフランスはそれこそ王権を放棄して市民主権になったはいいが、経済は移民と元植民地頼りでしちゃかめっちゃかですからね。(フランス人の福利厚生の良さは、移民や元植民地先の国の人的資源で補われている。体制だけをかえた搾取構造は続いている)

シャルル皇帝は客体的に、変な宗教を信仰してしまったキリスト教から王冠を受けているはずの人なのですが、彼が演説で語ったようにギアスの世界でもE.U.は腐敗していてしっかり皮肉のきいた風刺だなと。
原作でシュナイゼルが後半に事実上のクーデターで「では私が神になろう」と言うのは、現実世界の神(宗教が絡むのでぼかしているものの、キリスト教)から戴冠を受けようということになるのですが原作沿いで一番書くのを楽しみにしている場面かもしれないです。

クリスマスがある世界でキリスト教がないのはあり得ないので、そのキリスト教を信仰していないといけないシャルル・ジ・ブリタニアは皇帝失格ですよ本当に。
日本人はイベント感覚で捉えているクリスマスも考えている以上に信仰されているし、天国も地獄も信じられています。あの皇帝はとんでもない罪を犯しているんだなと。
この意識は現実の信仰者や、キリスト教圏の人がこのアニメを観た時にはすぐに読み解ける文脈なのですが、日本のファン内では言及が少ないなと思っています。

つまり、シャルル・ジ・ブリタニアは嘘がなんたら、といいながら現実の神に嘘と裏切りを行っている滑稽さがあるのですが。
――だからこそ、シュナイゼルが原作後半呆れて「ちゃんと仕事しねえなこの親父、じゃあ私が代わりにやります」(要約)と言っているわけです。
シュナイゼルは裏の神様(コード・ギアスと集合無意識)のことを知らないし、知った段階で物語が終わります。シャルルもシュナイゼルだけは遠ざけているような描写がありましたね。
今後、この神の話と父(義父)との対立が王配√の中核になっていくと思います。
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