わたしの恋人は、わたしと同様に普通の人とは言い難い仕事をしている。
だからある程度のことは我慢しなくちゃいけないと思っていたし、同じ職種だからこそ理解しなければと思った。

だけど所詮わたしはまだまだ新人で、任せられることも書類の処理がメイン。
そんな中で身をもって理解してあげられることなんて、欠片ほどしかなかった。

今日はあまり良い気分ではない。
昼休みにうろうろとしているときに小耳に挟んだ、ある話しが原因だ。



「赤井さんって、前はジョディさんと付き合ってたのよね?」

「そうなの!?でも、そうだったら今の彼女って系統とか全然違うよね。」

「確かに!ジョディさんより仕事も出来ないみたいだし、顔だって特別綺麗でもかわいくもないもんね〜。」




トイレの入り口からでも聞こえるほどの音量で、彼女たちが述べていたのは恋人の…赤井さんの過去の話し。
別に赤井さんの初カノになりたかったなんて思っていないし、過去に付き合っていた女性がいることは百も承知なのに。
胸に突き刺さる棘は、彼女たち第三者からの評価からくるものなのだろうか。

わたしでは、赤井さんの隣に居ることは許されていない。
だけど、ジョディさんならば赤井さんに釣り合うし、隣に居ることが許されていると言われているようで。
そのときは堪らず、逃げるようにその場から立ち去った。



「はぁ…。」

「なぜ溜息を零している?」

「っ…!赤井さん…っ!」



思い出して思わず零れる溜息を堪えることなく吐き出すと、背後から赤井さんが話し掛けて来た。
咄嗟に振り返ると、そこにはすこしだけ不機嫌そうな…でもどこか嬉しそうな矛盾めいた表情を浮かべる赤井さんが居て思わず身が強張る。

そんなわたしに気が付いたのか、赤井さんはふと笑みを零しながら「そんなに強張らなくても良いだろう」と言って、わたしの頭を優しく撫でた。
そんな小さなアクションで落ち着くわたしは、なんて単純な人間なんだろう。

まるで妹をあやすような手付きにはすこし不満があるけど、それでもそれ以上に赤井さんの手のひらから優しさと温もりが伝わって来て心地良い。
それに甘んじていると、不意に頭の上から赤井さんの温もりが消え去った。



「今日、空いているか?」

「え?あ…っと、もう仕事の方も終わるので、それからは何もない、です…。」

「なら、今夜久しぶりに出掛けよう。」

「…!っ、はい!」



突如訊かれた今日のスケジュールに答えると、「久しぶりに出掛けないか」と赤井さんから誘われた。
赤井さんと出掛けるのなんて本当に久しぶりのことで、その嬉しさは想像出来るようなものではない。

即座に肯定の言葉を返すと、赤井さんはくつくつと笑い出した。
口元に手を当てて笑っているところを隠しているのに、堪えきれないとばかりに出ている目元の笑み。
それがとても綺麗で、何故だかふと、先ほど思い出したことと同じことを思い出してしまった。

−−ー自分は、赤井さんには不釣り合いな人間なのではないか…。
一瞬にして過ぎったワードを無理矢理脳内から消し去って、笑い過ぎている赤井さんに「笑い過ぎです!」と言って必死に自身を誤魔化した。







赤井さんと待ち合わせとして決めた時間と場所に到着し、既に30分が経過。
もしかしたらすこし遅くなるかもしれないとは訊いていたし、そもそも仕事が指定時刻に終わることは赤井さんレベルにまでいくとないに等しい。



「赤井さん、遅い…なあ。」



それでも、遅くなることの連絡を入れてくれても良いのではないか、と思ってしまうあたり、わたしはやっぱり、理解出来る良い女なんかではなくて。
言葉や行動には出せずとも、やはり自身の中での葛藤は多かった。

あれからさらに30分。
待ち合わせ時間からは、既に1時間が経過しようとしていた。

赤井さんからの連絡は未だになし。
連絡するかどうか悩んでいたとき、ふと視界に綺麗な男性と女性が目に映った。



「…え?」



歩いていた、とかそんなのではない。
見覚えのあるシボレーに乗った男女が、信号待ちで親しそうに話している姿。
信号が赤から青に変わり、その車がその場から立ち去ってもなお、わたしの脳裏にはそれがくっきりと映っていた。

見覚えのあるシボレー…赤井さんのシボレーに乗っていたのは、持ち主である赤井さんはもちろんのこと、先ほどまで自身の中でひっきりなしに出ていたある意味のコンプレックス…ジョディさんで。
何かを話していたのだろう、楽しそうに笑っているジョディさんと、心を許しているかのように表情を緩める赤井さん。
ふたりの表情が、脳から消え去ってくれなくて涙が溢れてくる。

連絡が来なかったことが悲しくてないたわけではない。
(運転していたし状況にもよるから。)

久しぶりのデートを忘れているかのように、ジョディさんと楽しそうに話していたからでもない。
(たぶん仕事帰りとかだろうから。)

ただただ、あのふたりのお似合いな姿を見て、涙が溢れてしまったんだ。

周りがわたしとジョディさんを比較するのが、痛いほどよく解った。
それほどまでジョディさんとわたしでは見栄えが違ったし、赤井さんの隣に居てもジョディさんは引けを取らないから。
だから、わたしは惨めだと思ったんだ。

泣いているからなのか、周りからの視線が突き刺さって痛い。
わたしはそこからまた、逃げるように立ち去ることしか出来なかった。
赤井さんには、用事が入ってしまったとでも連絡しておけば良い。

堪えることの出来ない涙に抗うこともなく、わたしは自然と溢れる涙を自然のままに流していた。
この涙とともに、すべてが流されてしまえば良いと願いながら。



「まいか…!」

「っ!」



小走り状態で走っていると、後ろから腕を掴まれた上に引っ張られ、倒れるようにその人の胸に身体を預ける。
不審者か…もしくは例の組織の人間が、何かの情報を掴んでわたしを狙ったか…と思ったけど、それは杞憂らしい。

だいすきな声が耳元で聞こえ、身体から一気に力が抜け落ちる。
さっきまでは側に居ることを憂鬱だと思っていたのに、本当にわたしという人間は単純なものだ。



「ど、して…?」

「車からジョディがおまえを見付けたんだ。悲しそうな表情でこちらを見ていたと訊かされたら本部に帰るまで待てなくて、ジョディに車を任せて来た。」



小さく溢れる呼吸は荒く、もしかしたら赤井さんは、ここまで走って来てくれたのかもしれない。
それと同時に、ジョディさんにはすこし申し訳ないことをした…と思う。
車を任せられるなんて、きっとジョディさんも思っていなかったことだろうし。

けれど、申し訳ないと思うと同時に、感謝の意も抱いた。
ジョディさんが見付けてくれなければ、きっとこうやって赤井さんに会うことは出来なかっただろうから。



「赤井さん…あの、来てくれて、ありがとうございます…。」

「…俺から誘ったんだ、連絡も入れられず待たせて悪かった。」

「大丈夫です…。赤井さんがこうして走って来てくれただけで、わたしはとても嬉しいですから…。」



お礼を言うと、申し訳なさそうに謝ってくる赤井さん。
それは心からの謝罪のようで、わたしの目には嘘とは映らなかった。

そう、わたしはもう、大丈夫。
赤井さんがわたしなんかのために走って来てくれたことが、嬉しいから。

今は不釣り合いであっても、これから仕事も美容もがんばれば良い。
努力次第で変わってくれるはずだから、みんなに認められて、赤井さんからももっと好きになってもらえるようにがんばったら良いんだから。
だからわたしはもう大丈夫だし、これからをがんばる。



「俺のオススメの店で良いか?」

「はい、赤井さんがオススメするお店はどこもハズレないので、安心です。」



自然と腕を回された肩の温もりに、ドクンと胸が跳ねた。
わたしの小さな決意はわたしの胸だけに留めて、赤井さんには驚いてもらおう。

そう思って小さな笑みを浮かべ、赤井さんから貰う温もりに甘えることにした。

それから数年後。
努力の賜物、と言うべきか、たまに耳にするわたしと赤井さんの噂は良いものが多くなっていった。






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リクエストありがとうございました。

ジョディ先生との過去を知って〜
もしくは
約束をすっぽかして音信不通〜
というリクエストを頂きましたので、ふたつとも取り入れてみました。
あまり上手く入っていないかもしれませんし、まとまりもよろしくはないですがなんとか…がんばりました…。泣

やはり短編は難しいです。
リハビリで短編も書いていこうと思いました(なにこれ作文?)。

最後に、
リクエストしていただきまして、本当にありがとうございました。



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