今俺は、アメリカに来ていた。
警察庁での社員旅行のようなもので来ていたので、本来ならば参加は任意。
けれど俺は、アメリカという旅先へ抱える僅かな希望のために参加していた。

アメリカ、と言えばまいかの故郷。
もしかしたら今も住んでいる可能性もあったし、アメリカに来ていたらまいかに会える可能性だって0ではない。

とは思ったが…アメリカは広く、その可能性も0に近いとさえ思わされた。



「はぁ…。」

「なーに暗い顔してんだよ。」

「折角の社員旅行なんだ、楽しめよ。」

「…煩い。」



元は公安での社員旅行なのだが、何故かここには松田と萩原が居て。
思わず俺が溜息を溢すと、ふたりは執拗に絡んできた。
何故こいつらがここに居るんだよ。

肩に乗せられた松田の腕を振り払い、俺は適当に観光してくる、とだけ告げてふたりの側から離れた。

ふたりから離れたのは良いものの、行く当てもないのにどうしたら良いのか。
取り敢えずは適当に散歩でもして回ろうと思い、本当に適当に歩いていると変なところへ来てしまった。



「…どこだ、ここ。」



来たのは古びた建物が並んでいる場所。
年甲斐もなく迷子になっていることが恥ずかしくて、松田にも萩原にも連絡することに抵抗を抱く。
あいつら(特に松田)なら、何ヶ月も覚えてばかにされるに違いないだろう。

そんなもの、俺のプライドが許さない。
なんとかしてここからどう行けば大通りに戻れるのか地図で調べていると、すこし離れたところで拳銃の発砲音が聞こえて来たのでそちらに視線を向ける。

さすがはアメリカ、といったところか。
銃撃戦は稀ではないと訊いていたが、まさかこうも簡単にそれに会うとは。

公安としての立場もあるからなのかいても立っても居られず、負傷者を確認するためにそこへ向かって走り出す。
特別なものは持っていないが、それなりの知識はあるし応急手当くらいなら俺にも出来るだろう。
さすがに丸腰で銃を持っている相手を捕まえられるとは思っていないが。



「…は…?」



その現場に到着し、目に付いたものは。



「まいか…?」



高校以来会うこともなく、俺が僅かな希望に縋ってまで会いたいと思っていた人物…まいかの姿だった。

まいかは倒れたふたつの身体の前に立ち竦んでいるように見える。
しかも周りの声は聞こえていないらしく俺の声に反応を見せない。

すこしずつ近付いていくと、倒れているふたつの身体の顔が見えるように。
はっきりと顔が確認出来たとき、俺は衝撃を受けたように目を丸くした。



「まいか!何があったんだ!」

「…れ…い、くん…?」



そこに倒れていたのは、過去に一度だけ見せてもらったまいかの両親だった。
立ち竦んでいるまいかの肩を掴み、こちらに顔を向けさせる。
そのとき一瞬まいかの顔が歪んだような気がしたが、そんなことを気にしている場合なんかじゃない。
何故、まいかの両親は血塗れの姿になっているのだ。

何があったと訊いてみても、まいかは視線を落とすだけで何も言わない。
状況が解らない今、会いたいと願い続けていた人との再会を喜んでいる余裕すら俺にはなかった。



「まいか、何があったんだよ。どうしてまいかの両親が倒れていて、どうしてまいかがここに居るんだ?」



訊きたいことは、もっとあった。
あの発砲音の原因はまいかなのか、それとも別のものなのか。
まあ手に銃を握っているし、出血個所から考えても自殺とは思うのだが…。

こんな人気のない場所にわざわざ来る奴なんか、滅多に居ないだろう。
まいかがここに来ているのは何かが原因であって、ここに来なければならない理由があったから、だ。

根掘り葉掘り訊いてやりたい気があることは否定しないが、今の危ういまいかにそんなことはしたくない。
だから言葉を柔らかくして問い掛けてみると、まいかの身体がピクリと動いた。



「…っ。」

「あなたに関係ないわ。」



ゆっくりと持ち上げられた頭。
まいかの表情は冷たいもので、高校のときの無表情とはまた違う…もっと冷酷だと思わされるものだった。

突き放すような言葉と声色が、あのときから自分の奥底深く封印されていた気持ちをじくじくと痛め付ける。
ああ、まいかは本当に…。



「なんで…。」

「……………。」

「なんでおまえはっ、いつも何も言わずに俺を突き放そうとするんだよ…っ!」



まいかの肩を掴む手に力が入る。
僅かに動いたまいかの眉を見て弱めてやろうとしたが、今は感情が前に動いていて弱めることが出来ない。

アメリカに行くときも、俺には何も言わずに勝手に突き放して、離れて。
今回も、確かに俺は当事者ではなく部外者ではあるが…突き放す。
それがどれだけ苦しくて悔しいか、まいかに伝わってくれないのだろうか。



「くそ…っ。」



ああ、大人になったと思ったが、俺はまいかの前だと"高校生の降谷零"のように冷静になれなくなる。
そんな自分に舌打ちをひとつ落とすと、まいかは俺との距離を縮めて俺の肩に頭を置いた。



「まいか…?」

「…どうしてあなたがここに居るかは訊かない。さっきの言い方も謝るわ。ごめんなさい。…でも、本当にこれは、あなたが知るべきことではないの…。」



落ち着いた、先ほどよりも柔らかい声色で謝罪を述べるまいか。
俺が知るべきことではない…か。
まいかが今、どんなことをしてどんな職に就いているかは解らない。
俺たち公安が警視庁などに情報をリークしないのと同じように、まいかも安易な情報を扱っていないのだろう。

ましてやここはアメリカだ。
まいかは俺が公安という職に就いたと知らないだろうが、どのみち日本警察はアメリカで動けないだろう。

やっと会えたと言うのに、相も変わらずまいかのことをまったく知れない自分に対して腹が立つ。
握り拳に力を込めたとき、まいかが耳に着けていた機械からピピッと音がした。



「…はい。ええ、大丈夫です。それでは私もそちらへ戻ります。」

「…電話、か?」

「そう…。………ごめんね、零くん。」

「?なに…、っ!?」



どうやら先ほどの音は電話の音らしく、何度か受け答えをしたあとまいかは俺に顔を向けて来た。
電話かという問いを肯定したのち、まいかは俺に対して謝罪をひとつ。
どういうことかと聞こうとしたとき、鳩尾に鈍い痛みが走る。

一瞬、なにがなんだか解らなかったがまいかが行ったことだとはすぐに理解することが出来た。
人を気絶させることを習得しているのかは知らないが、薄れ行く意識の中まいかに視線を向けると、まいかは今にも泣きそうな顔を浮かべていて。

手を伸ばしても届かない。
まいかの頬に手が届く前に、俺の意識は消え去ってしまった。







人の気配には気付いていた。
ベルモットかキャンティかコルンか…。
もしくは、ジンなのか。

そこらへんが来ているとなれば危ないことは解っていたけど、あの組織の人間がそう簡単に気配を悟られることはない。
そう思って放っていると、ひどく懐かしい気配を感じた。

きっと錯覚だと思ったけど、それはどうも錯覚なんかではなく…。
降谷零の気配だった。



「ごめんなさい、零くん…。」



突き放そうと思って突き放したのに、彼はそれを許してくれなかった。
隠していた気持ちが抉られて、そして最後まで彼に冷たく出来なかった私。

きっと、赤井さんが見たら目を丸くして驚くのであろう。
私が優しい、なんて、今までほとんどありえなかったのだから。



「私は、あなたを巻き込みたくない…あなたを、死なせたくないのよ…。」



彼を避難させるために気絶させて、倒れた身体をぎゅうっと抱き寄せる。
ああ、もう…両親の死を悔やむ時間さえ与えてくれないなんて。
やっぱり彼は、いつまで経っても私に対してたまに意地悪なのだ。

ポケットに入れていた錠剤を口に含み、持っていた水を飲む。
そして彼の口を開かせてその隙間から口を使って薬を飲ませた。



「ワガママな私で…。いつまでも未練がましい私で、ごめんなさい…。」



普通に飲ませようと思えば飲ませられたのに、そうしなかったのは私。
結局私はあなたが好きで、大切で、突き放したいからこそ温もりを失くすようなことはしたくなくて。
だから、最後にと甘えてしまった。

彼に飲ませたのは、記憶混沌剤。
目が覚めた頃には記憶もあやふやなものとなり、私と会ったことなど覚えてはいないだろう。

心の奥に潜む言葉を音に出せない代わりに、私は彼の唇にもう一度自身のそれを重ね合わせて赤井さんの到着を待った。






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リクエストありがとうございました。
アメリカ旅行中にdolce夢主の両親が亡くなった場面と遭遇して慰める…とのことだったのですが…。

慰 め ら れ て い な い ! !

最後は甘くとあったのですが、これはもうシリ甘というか切甘と言うか…。
力不足ですみません…!(土下座)

最後に、
リクエストしていただきまして、本当にありがとうございました。



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